「言語化計画」 #1 インドカレー こうた編

 「おたくは暇になったら豚の角煮(チャーシューだったか)を作る」みたいな言説をどこかで見たことがあるが、おたくではないので豚の角煮ではなく週3日ほどはインドカレーを作ることにしている。豚の角煮は、豚のブロックの脂肪分を取ったり(おいしくなくなるかららしい)、長ネギの緑の部分をわざわざだしに使ったり(しかもこれは食べないのが通例になっている。確かに筋張っていて美味しくない)、醤油なんかをドバドバ入れるものの結局半分くらいは使い回しのネタが尽きて捨てちゃうし、「なんか悪い贅沢をしている」ような感じがして、性に合わない。包丁を入れたものは骨とビニール以外全て胃に収まらないと気が済まない性なのだ。何よりも、じっくりちろちろ弱火で加熱したり、一時間も二時間も放置したりする料理は、圧力鍋を持たない私の空腹の時間を長く引き伸ばしすぎる。空腹時は手や身体が震える体質があるので危ない、故に行動が制限される時間が長引くということだ。

 カレーに傾倒するようになったきっかけとして大きかったのは「邪神ちゃんドロップキック」というアニメの視聴であると記憶している。神田神保町を舞台とし、かつそれを全面に打ち出している当作では、かの街に多数ある飲食店も多数登場するわけだが、とりわけ目を引くのが「ボンディ」や「まんてん」といった神保町の象徴ともいうべきカレー屋たちである。邪神ちゃんも、カレーを作ってゆりねと二人でよく食べている。カレーは好きな方だが、昨今、カレーを食いに行きたくても何かと気後れする上(めんどくさくて)、経済的な理由からもボンディを常食できるわけではないし、何より外出に関わることは大方めんどくさいのだ。行かないなら、作るしかないのだ。

 余談だが、邪神ちゃんドロップキックの力なのか、最寄り駅の飲食店や古本屋、和菓子屋、最寄りに拘らず個人経営っぽいお店の暖簾を潜るのをあまり躊躇しなくなった。「まち」の中で生きることを、豊かで温かいことだと思えるようになったのかもしれぬ。

 さて、主に私が志向するのは、神田神保町のカレー店「エチオピア」に代表されるような、スパイスの香りと辛味が強く、ルウはシャバシャバ寄り、ナンではなくライスでいただく南インド式のカレーだ。この店の大きな特徴として挙げられるのが、「薬膳カレー」と称されるような強烈なクローブの香りである。クローブといえばガラムの甘ったる〜い香りを想像する人が多いと思う。フェンネルというちょっと聞き慣れないスパイスも使っているそうな。魚の生臭さを消すのに効果的面で、消化器系に良い効能をもたらすらしい。ちなみにこれらのスパイス知識は、店内の掲示物内で事細かに説明されている。

 ともあれ修行の日々が始まる。

4/29 一日目

 まず野方の輸入食材店で「とりあえずこれだな」と、ちょっとイイカレー粉を購入。大好物の辛ラーメンが、知っている店の中では一番安いので一緒に購入。

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 400円くらいの代物で、デザイン風味共にインド直輸入そのものといった感じがする。

 とあるサイトを参考に、とりあえず手元にあるマドラサカレーパウダーとs&bのガラムマサラ、それにクミンシードを手にとり、調理を開始する。中華一番みたいな気分である。

 空腹に震える手で具材を切る。しかし不慣れなレシピのためか玉ねぎは焦げ、鶏肉を入れるタイミングを間違え、更に何を思ったか規定より10分も長く煮込む。そしてお鍋の中からポワっと登場したカレーが、こいつだ。

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 ちったあうまそうに見えるように色調をいじってはいるが、ファーストインプレッション、見た目からして、およろしくない。ルウからすこしはみ出たチキンが、あからさまにまずい肉の顔をしているのだ。馬鹿舌が取り柄の私が小学校六年間の給食で唯一残したのが「とりにくのおかかに」というやつだったのだが、見た目としては同系統に属する。

 恐る恐る口に運ぶと、予測できた類の不味さに加えて、苦味を観測した。おそらく、玉ねぎを焦がしすぎた上、煮込み中トイレで呑気にタバコを飲んでいたせいで、鍋の底のほうが焦げてしまったのだろう。苦いカレーは、二十年間生きてきて初めて食べた。福岡に、苦くて黒いカレーを出す店があるそうだが、流石にもう少し「苦味の作り方」を工夫されている筈である。

 こいつにはスパイスカレー特有の「深み」がない。感じられるのは、油と、カレー粉の恐らくクミン・コリアンダーの香りと、以上である。また、塩気がない。恐らく、普段作る料理ではどんな形であれ「しょうゆ大さじ1」の使用があり、塩分の調節を日常的に考えないからだ。塩加減、そしてタイミングは今後の課題となる。例えば、お肉に火が通る前に塩を加えると、身から水分が出てパサパサになってしまう。

 こいつはまずかった。仮にも一年半、多分400日くらい、厨房に立ち続けた人間が作る料理ではない。昼と夜で分けて食べようと思ったが、夜まで腹を空かせてこれを食うのかと思うと腹が立ってしまい、昼のうちに胃袋に詰め込んだ。具体的には、醤油をかけて、流し込んだ。

4/30 二日目

 私は高円寺にいた。カレーのためのスパイスを買いに来た。お店で、いかにも高円寺っぽいダメカップルみたいな、私と歳の同じくらいの人たちが「は?殺すぞ」とか笑いながら言いあっているのを横目に、カゴにスパイスの瓶をカゴに入れていく。恐らく私は、前日のうまくないカレーをカレー粉のせいにしたかったのだろう。

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 この日は、ホールはカルダモン・クローブ、パウダーはターメリック・クミン・カルダモン・クローブ・カイエンペッパーを購入。彼らの内蓋を剥がす時、いちいちしっかり匂いを嗅ぐ。体で、どれがどの匂いなのかを覚えなくてはならない。横浜家系の元祖吉村家では、早朝の開店前には従業員に店のラーメンを食わせて味を体で覚えさせていたらしい。若干趣旨が違うか…それから、カレー作りのキモであるコリアンダーを買い忘れている。しかし、この時点ではアホな俺は気付いていない。

 いろいろなレシピを見て検討し、一応パウダーは、ターメリック以外全て小さじ一杯入れることにした。好みのやつを(強調したいやつを)一振りだけ多めに入れている。こういう時瓶をちょいちょい振るのがだるいから、プラの蓋ごと取って使う。

 ホールは、グリーンカルダモンを瓶底で潰したやつ四つ分、クローブを指で折ったやつ六本分、クミンシードを割とザラザラ、という感じか。この量は大飯食らいの私の二食分なので、あまり参考にならない可能性が高い。

 油をひいて、ホールスパイスを炒める(というより揚げる)。本来、特に南インドでは、この油は最後の香り付けのためにカレーに回しかけるらしい。中華料理の鶏油や葱油の使い方とよく似ており、興味深い。

 玉ねぎをなるべく小さく切り、炒めていく。焦げないように、慎重になりながら、大体おたまの底に玉ねぎがつくくらいを目安に、適宜水を加えながら炒めていく。にんにくとしょうがのすりおろしを加え、混ぜたパウダースパイス、そして塩の順に入れて、馴染むまで混ぜる。大体三分ほど混ぜると、カレーペーストができる。

 他にもトマト缶とか鶏がらスープとか醤油など使ったりなんだかんだしたが、ここからの詳細は省く、めんどくさいので

 で、完成したカレーがこちら

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 ええ?うまそうでは?(当社比)やっすいぎうにくの使い方の中でも限りなく正解に近いのは、カレーみたいな味の濃い煮物にしてしまうことだ。

 実際に、4/30カレーは悪くなかった。前日の苦いカレーに比べれば、スパイスの香り、辛さを感じられる上に、トマト、牛肉といった「出汁の出る」食材のおかげで、いわゆるうまみがあった。しかし、これはエチオピアの味ではない。醤油で塩分を稼ぐのは名案かと思いきや、なんだか肉じゃがのような感じのカレーになってしまった。というか、どちらかというとスパイス入りの肉じゃがを作ったという結果になった。手っ取り早いのは、それこそ吉村家メソッドみたいに、エチオピアのカレーを食べに行き、身体でスパイスの効かせ方、配合、食材の火加減、塩分量を覚えてしまうことだ。

 余談だが、インドでは、宗教上、というか生活様式上ほぼヴィーガンとして生活している人が多い。ヒンドゥーの教えで牛は食べられないし、インドにはかなりの数のムスリムがいるので豚食も盛んではない。また、国民の大多数が貧しく、チキンやマトンも常食できない。彼らは、タンパク質を豆から摂取している。豆食は、トルコのフムスにも代表されるように、アジア特にムスリムが多い地域では盛んに行われる。

 これまた余談だが、モリッシーはカレーとかコーヒーとか味ついてる物は食わないらしい。そして彼もまた、豆からタンパク質をとっている著名人の一人だ。彼に「インド式生活なん?それ」と言ったらメチャクチャ怒りそうだな。

つづく

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