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「若い女性」で居るのが辛かった


こんにちは、なべ子です。

今日は前回の記事の最後でも書いた
「若い女性」で居るのが辛かった
という話をします。

(ここでいう「若い」は世間でよく「若い」としてカテゴライズされることが多いであろう10~20代を指すことにします。)

日本ってまだまだ
「若い」と「女性」というキーワードって
社会の中で弱いです。

岡村隆史さんのラジオで分かるように
他の世代性別に比べて一番
「性の対象」
として見られる機会が多いです。
その為なのか「一個人」としての発言力って非常に弱いです。
例えば会社に入っても
同じ世代の男性よりも意見が通らないって
まだまだあると思います。
要は「一個人」としては軽視されているんです。
もし仮に岡村隆史さんだって
相手の女性たちを「一個人」としてとらえる視点が少しでもあれば
きっとあんな発言は出てきていないと思います。

一方「性の対象」として見られる機会が嫌でも多い世代が故に、
つい数か月前に30代に突入した居た身としては
「魅力的な女性のテンプレ像」
から外れると生きること自体がかなりしんどかったというのが正直な意見です。
「魅力的な女性のテンプレ像」っていうのは
例えば「美人」「綺麗」「スタイルがいい」などのこと。
どうしても分かりやすい「テンプレ像」から外れる自分は
劣っていると感じてしまう。

もちろんその基準って漠然としているし
メディアが作り出したある種洗脳である部分もあります。

いわゆる「美人」と言われる枠に入れる人なんて極一握。
そんなの分かっているけれど、
テンプレとして提示された「美しさ」の方にばかり目がいって
それがいつの間にか憧れになったり強迫観念になって
自分自身の「味」に全く目が行かなくなって
その「テンプレ」にかすりもしない自分は駄目だと感じている。

これってきっと男女問わずあることですし、
それで生きづらさを感じてしまう人って
少なくないんじゃないでしょうか。

誰しも望んだ容姿で生まれることは出来ない。
確かに今は整形とかの技術も進んでいるけれど
その前に自分自身の「味」に気付ける自分で居たい。

皆が平等にやってくる年齢を重ねるということを
ネガティブに捉えるのではなくて
ポジティブに捉えて生きていきたい。

そういう視点が世の中に増えれば
もっと生きやすくなる人が増えるのではないか。
今目の前の現実をひとつずつ幸せにしていける

自分の影響力なんて微力だから
まずは自分がそういう視点で生きていきたい。

そう思います。

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今日も読んで頂き有り難うございました!


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