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前提とは「否定されてしまうと、論理的に、どのような場合においてもその主張が維持し得なくなるもの」

今回のnoteは、本人訴訟の「論理学」です。テーマは「前提」。「前提」とは「否定されてしまうと、論理的に、どのような場合においてもその主張が維持し得なくなるもの」のことです。

次の具体例で解説していきます。

管理部門では、従業員一人当たりの業務量が多すぎて、各自が連日残業をせざるを得ない状況になっている。その結果、管理部門の従業員の残業時間は他部門に比べて相当多くなってしまっている。そこで、管理部門長は、残業時間を削減するために、管理部門の従業員を増員すべきと担当役員に申し出た。

こういう状況があるとします。ここでの管理部門長の主張は、「残業時間を削減するために、管理部門の従業員を増員すべき」というものです。では、管理部門長がこの主張をするに当たっての前提は、次の内どれでしょうか。

① 増員される従業員が、既存の従業員が担当する業務の一部を引き継ぐ
② 既存の従業員は業務を進めるスピードが遅い
③ 増員する従業員は当該業務の経験者である
④ 管理部門の業務には無駄が多い

いきなりですが、正解は①です。「残業時間を削減するために、管理部門の従業員を増員すべき」という管理部門長の主張の前提は、「増員される従業員が、既存の従業員が担当する業務の一部を引き継ぐ」です。

繰り返しですが、「前提」とは「否定されてしまうと、論理的に、どのような場合においてもその主張が維持し得なくなるもの」です。よって、①の「増員される従業員が、既存の従業員が担当する業務の一部を引き継ぐ」を否定してみて、「残業時間を削減するために、管理部門の従業員を増員すべき」という管理部門長の主張が維持し得なくなれば、これが「前提」のはずです。

①の否定は「増員される従業員が、既存の従業員が担当する業務の一部を引き継がない」となります。となると、いくら管理部門の従業員が増員されたとしても、一人当たりの業務量が多すぎて連日残業をしなければならない状況に置かれている既存の従業員の業務を何も引き継がないのであれば、既存の従業員の業務量に何ら変化はないのですから、どんな場合においても管理部門の残業時間はいっこうに減らないことになってしまいます。つまり、①が否定されてしまうと、管理部門長の「残業時間を削減するために、管理部門の従業員を増員すべき」という主張は維持し得なくなるわけです。したがって、①が前提ということになります。

同じように考えて、②「既存の従業員は業務を進めるスピードが遅い」の否定は「既存の従業員は業務を進めるスピードが遅くない」です。既存の従業員の業務スピードが速いとしても、現実的に、従業員一人当たりの業務量が多すぎて、各自が連日残業をせざるを得ない状況になっているわけです。また、既存の従業員の業務スピードが速いとして、増員された従業員が既存の従業員の業務の一部でも負担すれば、既存の従業員の業務量は軽減されて、残業時間を削減することができるでしょう。とすると、②を否定しても、管理部門長の「残業時間を削減するために、管理部門の従業員を増員すべき」という主張は成り立ちます。よって、②は前提ではありません。

仕事のスピードは速いにこしたことはありません、残業時間の削減につながるので。しかし、ここでは、従業員一人当たりの業務量が多すぎて、各自が連日残業をせざるを得ない状況という現実がすでにあるわけで、スピードが遅かろうが速かろうが、増員によって少しでも既存の従業員の業務量が軽減されて、残業時間の削減につながればよいのです。ということで、少なくとも主張の前提としては、仕事の遅い速いは関係ありません。

続いて、③「増員する従業員は当該業務の経験者である」の否定は「増員する従業員は当該業務の未経験者である」です。増員される従業員が未経験者であったとしても、既存の従業員が受け持つ業務を少しづつでも引き継ぐなら、既存の従業員の業務量は軽減されて、残業時間の削減につながるでしょう。とすると、③を否定しても、管理部門長の「残業時間を削減するために、管理部門の従業員を増員すべき」という主張は成り立ちます。よって、③は前提ではありません。

もちろん、増員される従業員は経験者である方が、残業時間の削減にはより効果があるでしょう。しかし、ここでは、従業員一人当たりの業務量が多すぎて、各自が連日残業をせざるを得ない状況という現実がすでにあるわけで、増員によって少しでも既存の従業員の負担軽減につながって、残業時間が削減されればよいのです。すなわち、少なくとも主張の前提としては、経験者か未経験者かは関係ありません。

そして、④「管理部門の業務には無駄が多い」の否定は「管理部門の業務には無駄が少ない」です。たとえ無駄が少ないといえども、現実的に、従業員一人当たりの業務量が多すぎて、各自が連日残業をせざるを得ない状況になっています。また、無駄が少ない中でも、増員された従業員が既存の従業員の業務の一部でも負担すれば、既存の従業員の業務量は軽減されて、残業時間を削減することができるでしょう。とすると、④を否定しても、管理部門長の「残業時間を削減するために、管理部門の従業員を増員すべき」という主張は成り立ちます。よって、④は前提ではありません。

業務には当然無駄が少ない方がよいでしょう。無駄が少なければ、残業時間の削減につながります。しかし、先のケースと同じように、ここでは、従業員一人当たりの業務量が多すぎて、各自が連日残業をせざるを得ない状況という現実がすでにあるわけで、増員によって少しでも既存の従業員の負担軽減につながって、残業時間が削減されればよいのです。やはり、少なくとも主張の前提としては、業務の無駄云々は関係ありません。

以上、少々まどろっこしい説明でしたが、「前提」について理解できたでしょうか。

一般的に、何か主張をする際、「前提」が置かれている場合があります。そして、その「前提」は主張者にとって都合がいいように設定されている場合が多く、しかも上の例が示すように明示されない場合も結構多いのです。そうした「前提」に関連して、矛盾が発生したり、論理的でない説明になったり、文章の前後が整合しなかったりと、そういったことが起こってきがちです。

労働審判手続申立書や訴状などの書面においては、必要に応じて「前提」をしっかり固めたうえで、「裏付け→事実→主張」と展開していただきたいと思います。

今回は以上です。次回もご期待ください。

街中利公

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