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有効な反論のコツは「論理的な強さ」を意識すること

今回のnoteも、第87回の「前提」と第88回の「対応関係と背理法」に続いて、本人訴訟の「論理学」をお届けしたいと思います。テーマは「論理的に強い」ということです。

まず、以下の短文をお読みください。

労働にかかわる社会問題を専門とするA教授とその研究室のメンバーは、企業などへ職場環境の診断や働き方改革のアドバイスをする労務系コンサルティング会社で業績が好調なB社について、次の2つの実験調査を行った。

実験1
A研究室のメンバーはみんな、B社との面談で、研究室にはハラスメントの状況は何ら存在しないにもかかわらず、「理不尽な指示を出される」「怒鳴られる」といった状況をあえて訴えた。これら面談をもとにB社は、A研究室にはアカデミック・ハラスメントの兆候が見られるとした。

続いて、B社はA研究室に赴いて現地調査を実施し、実際にその職場環境を数日間かけて観察した。そこではA研究室のメンバーは普段通りに振舞い、そもそも普段からいかなるハラスメントも存在しない研究室なので、当然ながらハラスメントなどの労働問題は何も認められなかった。

しかし、B社は、最初に行った面談をもとにした「A研究室にはアカデミック・ハラスメントの兆候が見られる」という結論を変えることはなかった。

実験2
A教授は、B社の診断の曖昧さをさらに明確にしたいと考えた。

そのために、A教授はB社に対し自らが労働問題の研究者であることを述べた上で、「これから90日間のうちに、数十社の人事担当者を別々に、B社へ、職場環境の改善に関する相談に行かせる。そのうちの何人かは、実際には職場にハラスメントなど労働に関する問題を何ら抱えていないが、あえて職場についての不平不満を訴える。そこで、B社には、どの人事担当者の職場で本当に労働に関する問題が発生しているかを判定してほしい。」と告げた。

B社は、90日間のうちに、合計64社からの人事担当者と別々に面談を行った。その結果、22社は本当に職場に労働問題を抱えていると判定した。しかし、A教授がB社に行かせた人事担当者は、実際には、誰一人として職場での労働問題を抱えていなかった。

以上の2つの実験結果から、A教授は、B社による職場環境の診断は曖昧なものであるから信頼することはできない、職場診断なるものは曖昧で信頼できない、したがって労務系コンサルティング会社は利用するべきではないという結論を導いた。

A教授の結論に対して、次の4つの反論があるとします(反論の内容はすべて事実とします)。

1.実験2について、本当に職場に労働問題を抱えているとされた22社はすべて、A教授の実験とは一切関係がない一般の顧客であったこと、同時に実際には職場にハラスメントなど労働に関する問題を何ら抱えていないにもかかわらず、B社の能力を見極めるためにB社との面談にのぞみ、疑似的に職場に関する不平不満を言ったということが判明した。

2.ハラスメントなどの労働問題は、人事担当者など会社の内部の者だけでは、状況を把握したり、原因を突き止めたり、対策を施したりすることが非常にむつかしい。そのため、労務系コンサルティング会社を利用するべきでないとは言えない。

3.B社は以前から的外れな職場環境の診断が多く、特殊なコンサルティング会社として業界でも問題視されていた。

4.実験1について、研究室のメンバーから「理不尽な指示を出される」「怒鳴られる」といった状況を訴えられた場合、それを前提に職場を診断することは曖昧とは言えない。また、たとえ酷いハラスメントがまん延する職場であっても、第三者がいる前ではいかなる労働問題も存在しないかのように振舞うことがある以上、B社が面談をもとに出した「A研究室にはアカデミック・ハラスメントの兆候が見られる」という結論を覆さなかったといって、それが曖昧と言えるものではない。

短文は以上です。A教授の結論に対して4つの反論が提示されていますが、ここで、これら4つの論理的な強さを順位付けしてみたいと思います。つまり、これは、反論としての有効さを順位付けするということと同じです。

まず、A教授の論理構造は次の図のように描くことができます。図に基づいて説明をしていきたいと思います。

チャート

最も論理的に強い反論は3です。この反論は、第71回noteで解説した「論理の誤謬」の一つ、「合成の誤り」を指摘するものです。A教授の実験はB社について行ったもので、そこから何か言えるとすれば図の③「B社による職場環境の診断は曖昧なものであるから信頼できない」まで。実験結果から④と⑤を導くことは過度な一般化にあたります。つまり、反論3によって図の③→④のつながりが遮断され、最終結論の⑤は否定されることになります。

次に論理的に強い反論は2です。この反論は、図の最終結論としての⑤を直接否定するものです。もっとも、実験結果をもとにしたA教授の主張は、正常な職場と正常でない職場の境界についてのB社の判断基準が曖昧であるということですが、反論2はそこのところを否定しているわけではありません。その点、反論2は反論3よりも弱くなります。

その次に論理的に強い反論は4です。この反論は、実験1の結果からのA教授の解釈を否定するものです。しかし、正常な職場と正常でない職場の境界についてのB社の判断基準が曖昧であるというA教授の主張を根拠づけるためには、必ずしも2つの実験が必要とされるわけではなく、実験1か実験2のどちらか一方だけでも大丈夫なはず。つまり、反論4によってたとえ図の①が否定されたとしても、図の②→③→④→⑤のつながりは遮断されることはありません。

そして、最も論理的に弱い反論は1となります。この反論は、実験2の結果に関するA教授の解釈が誤解であったことを示すものです。しかし反論4の場合と同じように、正常な職場と正常でない職場の境界についてのB社の判断基準が曖昧であるというA教授の主張を根拠づけるためには、必ずしも2つの実験が必要とされるわけではなく、実験1か実験2のどちらか一方だけでも大丈夫なはず。つまり、反論1によってたとえ図の②が否定されたとしても、①→③→④→⑤のつながりは遮断されることはありません。その点では、反論1の論理的な強さは反論4と同じです。

しかし、反論1では、A教授の実験とは関係ないながらも、正常な職場を正常でない職場として診断してしまったことになります。つまり、A教授の実験とは関係ないながらも、正常な職場と正常でない職場の境界についてのB社の判断基準が曖昧であるというA教授の主張を補強していることにもなってしまいます。そういうわけで、反論1は、反論4よりも論理的に弱い反論となるのです。

さて、民事訴訟ないし労働審判では、一般的には準備書面のやり取りを通じて反論を繰り出していくことになります。その時のコツは、反論したい事実や主張そのものを否定(否認)するのはもちろんですが(上の短文では反論2)、「裏付け→事実→主張」のつながりの中に潜む「論理の誤謬」を指摘すること(上の短文では反論3、第71回note参照)、そこの根拠を弱体化させること(上の短文では反論1と反論4)を意識すればよいと思います。

ただし、上の短文の反論1の場合のように、反論によって根拠(の一部)を弱体化させる一方で、逆にその反論によってその根拠(の別の一部)を補強してしまうようなケースには、要注意です。自分ではうまく反論したと思っていても、相手を利することになっていたり、相手に有効な再反論の材料を与えてしまうことになったりします。

かなりまどろっこしい「論理的に強い」ことについての解説でしたが、ご理解いただけたでしょうか。

「論理」というものは結構考え込んでしまうもので、その構造を十分に紐解くことは思いのほか大変です。わたしは、裁判や法律のしろうとが本人訴訟を起こして被告や相手方に付く代理人弁護士と対峙するとき、最大のリスクポイントはこの論理力の圧倒的な差であると思っています(必ずしも、法律知識量の差ではなく・・)。おそらく弁護士の職にある人は、上で示した短文のような論理構造を瞬時に理解する素養を持っているのではないかと思います。皆様が本人訴訟において反論を繰り出していくとき、ぜひとも「論理的な強さ」を意識していただきたいと思います。

今回のnoteは以上です。次回をお楽しみに!

街中利公

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