mikeneko

趣味は日向ぼっこと街を散歩すること。街で聞こえてきた小さな話を載せていきます。

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最近の記事

忙しすぎて

気がつくと、夜の十一時を回っていた。部屋には彼の他には誰も残っていなかった。  男は大きく息を吐き、窓の外に目をやった。コンピュータ画面の見過ぎなのか、人通りの絶えた路上の街灯がぼんやりと霞んで見えた。  彼は多忙だった。外資系の投資会社。先週はバンコクから上海に行き、シンガポールに二日いて、台北に飛び、商談をして、夜、東京に戻った。  先月は、半ばまでアメリカ国内を回り、顧客の要望を聞いていた。その前はロンドンからベルリン、パリ、ローマ、飛行機のマイルは貯まるが、使う時間

    • 8.明日はパリ

       初夏は日が長い。六時を少し回った時間では、まだ街に陽が残り、夕暮れと呼ぶには早すぎた。  外が明るくては、お酒という気にはなれないのか、有名な芸能人がプロデュースしたというおしゃれなワインバーも、客はまばらだった。  女性が二人、窓際に席を取っていた。名前だけソムリエという肩書きのウエイターが、二人のグラスに赤ワインを満たした。  料理が数種類、テーブルに並び、二人は、「乾杯」とグラスを合わせた。ワインの香りを楽しみ、一口、口に含むと、髪の長い女性が、「やっぱり、南フランス

      • 7.古典的な三つの願い

        人形が自分を見つめていた、と書き出すのは平凡だろうか。  若者が集まる街の大通りから、一、二本奥に入った路地には、いかにも変わった店主が出てきそうな、怪しげな店が並んでいる。  アジアか中東か、南アメリカか西アフリカか。呪いの彫刻が外をにらみ、目眩がするような柄の絨毯が壁にかかり、不思議な小物、アンティークの陶器、少々癖のある香水が棚に並び、道行く人を誘っている。  彼女は二十代後半。休日に街に出てきたが、大通りは不幸を知らない若者でいっぱいで、気が滅入りそうになり、

        • 6.占ってあげる

           彼は、ひどく後悔していた。  あの時、断っていれば……。 「占ってもいい?」と彼女は聞いてきた。  普通のカフェ。彼女は手にタロットカードを持っていた。彼女に言わせると、普通のタロットカードではなく、有名な占い師が使っていた、霊験あらたかなカードなのだという。ルネッサンス時代のイタリア。ノストラダムスと交流があった女性占い師。彼女は、その名前を言ったが、長すぎて彼は覚えられなかった。  きっと、渋谷の裏通りで買ったのだろう、と彼は思った。水晶玉やカラスの目玉が並んでいる店

        忙しすぎて

          5.春

          ここだけの秘密ですが、春は少し恥ずかしがり屋さんなのです。  雪の季節が終わり、冷たい北風にかわって、おだやかな南風が暖かさを運んでくるようになると、春は空からおりて来て、冬とこうたいします。  冬は気むずかし屋のおこりん坊で、春がちょっと早くおりていくと、 「まだ、お前の季節じゃないぞ、帰れ帰れ」 と、おこって、雪まじりの冷たい息を吹きかけて、春を空に追い返してしまいます。  冬の季節、春が空から下をのぞいてみると、子どもたちは、歓声をあげながら、スキーやスケートを楽しんで

          4蜘蛛の糸(猫編)

          ある日の事でございます。おしゃか様は、極楽の蓮池のふちを、ひとりでぶらぶら歩いていました。おしゃか様は蓮池のふちにたたずんで、蓮の葉の間から、下のようすを御覧になりました。極楽の蓮池の下は、丁度、地獄の底に当っていて、水を透して、さんずの川や針の山の景色をはっきりと見ることができました。  実は、おしゃか様は、地獄をのぞくのが、ただ一つの楽しみでした。罪人たちが、針の山で倒れ、顔に針が刺さる様子や、血の池でおぼれている姿を毎日、こっそり見ては楽しんでいました。  血の池に、

          4蜘蛛の糸(猫編)

          3.多重人格

           彼女は悩んでいた。  デートに誘われた。今週、金曜日の夜。明後日だ。 「一緒に食事を」  誘われたのは、会計事務所の人。彼女は、その事務所で月曜日と火曜日にアルバイトをしていた。  仕事は三つ掛け持ちしている。会計事務所と車の販売、それにスポーツジム。  月曜日と火曜日は眼鏡をかけ、地味なスーツ姿で、静かにパソコンのキーボードを打っている。  水曜日は、明るい良く気のつくOL。素敵な笑顔で愛想が良い。 「車をお探しですか? お飲み物はいかがですか?」  金曜日は、元気なジ

          3.多重人格

          2.消えないで

           不思議な話が静かに広まっている。都市伝説。  誰にも気づかれずに人が消えて行く。  公園のベンチ。私の後ろで、小学生が二人、話していた。 「昨日見たんだ」 「あれ?」 「そう」 「どこで?」 「この公園。ここのベンチに座ってた。高校生かな 女の人」 「消えちゃたの?」 「消えちゃった。フッて、魔法みたいに」 「見間違いじゃなくて?」 「ほんと。女の人の体が何だか透けて見える気がして、じっと見てたら、急に風が吹いて、噴水の水が霧みたいになって、その人を包んだと思ったら……」

          2.消えないで

          1.クリスマスの奇跡

           場所はニューヨークの外れ。誰も気がつかないような小さな画廊で、若い画家の個展が開かれていた。  壁にツタの這う、苔むした煉瓦造りの古いビルだった。画廊の中に客は数人いるだけ。 画廊の女主人は閑散とした会場を眺め、ため息をついた。  二十点ほどの絵が壁に掛かっていた。  強風にさらされた荒涼とした岩場、ニューヨークのおだやかな雰囲気の秋の昼下がり、夕日に照らされた砂漠を行くラクダに揺られる人の列。ヨーロッパ、クリスマス市の華やかな雑踏、などなど季節も場所もさまざまなのだが、

          1.クリスマスの奇跡