たぶん月1の富山③
駅から出る時に、さすがに驚いたのだが駅員がいない。
切符を入れるポストのようなものがあるだけ。
んーー、まあ確かに入る時に入った印を確実につけていれば出る時の回収は実は必要ないということは考えられる。
駅を出て、右に曲がり、そのまま数百メートルまっすぐ歩き続けると今回の旅の一番の目的である新鮮な魚を食べられるお店が待っている。
ただ、書き手泣かせなこの道には、多くを語るほどの名所みたいな箇所はない。だから、その時その時に思っていたことを書かなければいけなくなってしまう。
まさに、この道を歩いているところで、どのようなことを書こうか悩みながら、交差点の赤信号で止まった時のことだった。
何となく、右に曲がった方の道を見たら、海まですぐだった。そして、空が繊細な色を放っていた。電車に乗っていた時の空の色とも違う淡くて微かな色。水平線から空にかけて虹を水で薄めて淡くしたような色になっていた。
光源はまだ見えていない。ただ淡く空が染まっている。本当に染まっている、というのが正しい色だった。
朝イチで美味しい魚を食べるために、わざわざ前泊を入れた私の足が自然とそちらへ動いていた。本当のことを言えば、何かに呼ばれるような気がした。この本能的な直感に従っておかなければいけないような気がした。
まっすぐ、海までの道を歩く。
思わずスマホを手に取り出しカメラを動画モードにして回し始める。
咄嗟に、電車の中で発明したことが思い出された。
呼ばれる声に従って、一歩、また一歩と進んでいく。
気を抜けば走り出してしまいそうな気持ちの高まりが私を襲う。しかし、それと同時に走っては全てが壊れてしまいそうな感覚が私を感動のもとに歩きへと押しとどめていた。
行き着いた道の先にあったのは、想像をはるかに超えたパノラマと彩りが施された自然の世界だった。
なぜ動画を載せないかと言えば、あまりの美しさに、おお、と声が漏れてしまったから。しばらくこの風景を見ていたのだが、その後に同じ道から来た方も、「おお、これは」と声が出てしまっていたので私が変なわけではない。
あまりの美しさに、しばらく呆然と立ち尽くすしかなかった。
今となっては、芭蕉に松島は手抜きだと言っていたことを謝りたいなどと言えるが、あの景色を目の前にしたら何も考えることなどできない。
その時、LINEの通知が来た。
待ち合わせをしていた現地の友人が遅れてくるという連絡だった。七時に家を出れそうだということだった。私はこの彩りを前に気分がとても良かったから、全く構わないという旨の返信をした。
日の出を見たくなってしまった。
山の後ろにある太陽が顔を出す瞬間を見たくなった。
今もなお、刻一刻と波の揺らめきと共に移ろう彩りは、それを見るための足止めとして十分に言い訳をさせてくれた。
生きてて良かったと思えた。
それと同時に、自分はやはり文学が好きなのだなと思えた。
この景色を見て妙に納得してしまった。一つは、春はあけぼのという言葉。そして、もう一つが天岩戸から天照大神が出てきたという神話。こんな景色を見たことがあったら、畏怖を覚えるに違いない。山から暗闇の夜を打ち破る。しかし、この柔らかい光は全てを優しく包み込む。女神のそれだと思う。昔の人も、そう思っていたのだろうか。
ひとしきりの感動を終え、時計を気にし出す余裕が出てきたところに、見たことがない現象が起きていたので、後で調べようと思って写真(これも正確には動画)を撮っておいた。
海の上に湯気のようなものが出ている。
かなり不思議に思ったのだけれど、とりあえず撮っておいたのが功を奏した。思いの外いい写真になった。
時間にもなり、魚を食べに向かう時には7時15分くらいになっていた。
店の前に着くとすでに列ができていた。
友人の姿は見えないが、整理券を取って列に入ろうとすると友人が顔を見せた。二ヶ月ぶりくらいの顔合わせだったと思う。さすがに何も変わっていなかった。
そこから、二十分くらい待った。
待っている間は、吹奏楽の話で盛り上がっていた。この時期は吹奏楽コンクールの課題曲の話がホットな話題である。ただし、これも毎年のお決まりの流れなのだが、この時期の評価は当てにならない。
まだ吹いていないのに批評家気取りで話す素人たちの戯れに過ぎないからだ。合奏をしてみたら意外と、なんてことはよくある話で。それと、今年の自由曲は何になるか、昔の課題曲ってこんなものがあったよね、とかを毎年毎年飽きもせずに話すのである。
ようやく整理番号や呼ばれ店の中に入れた。実に11ヶ月ぶりの入店だった。
今回は、お目当ての魚をたくさん食べに来たのだが、気分で頼んだ白子が、まあそれはそれは美味しかった。白子を噛んで溢れてくるのは幸せだった。生きてて良かったと思えた。1日に二度も生きていて良かった思えるとは考えてもみなかった。
白子は最初に一皿頼んだのだが、あまりのおいしさにもう一皿頼んだ。しかし、感動鳴り止まず、もう一皿追加しようとしたところで友人に止められた。さすがに食べ過ぎだと思ったらしい。
一緒に食べていた時に、先ほどの海から湯気現象があったことを思い出して友人に写真を見せて話を聞いたところ、これは割と珍しいことらしい。ちなみに、本当に珍しいかはわからない。
しかし、この時期にこれだけ晴れて、湯気現象が起きて、向こうの山が見えて、海に綺麗に陽の線が入る写真というのがなかなか見ることができないそうで、思いがけず貴重な一枚となった。
この後、またいろいろあったのですが、それはまたお話しする機会があればにしましょう。
今回はここまで。
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