見出し画像

【本の感想】日常の隣にある事象

「文学」と「作家」への道(38)

時代小説が読めない。歴史の教科書に載るような人物―特に戦国時代など―で興味を抱ける人が少ないし、人物関係を頭の中で描けず(どんなジャンルの小説でもだが)、苦手だ。だから、時代小説を手に取ることはない。
サスペンス・ミステリーも物語の背景、深みがあるものならともかく、犯人探し、トリックにも興味が持てない。
SFもやたら難しかったりして、その世界観に入って行けず、これまた手にすることはない。

いわゆる純文学。狭い世界観であってもその書き手に共感できるものは、西村賢太はじめ私小説的なものが好きで、手に取る、読んできた――。
この小説も、主人公は書き手の人生をほぼ投影したもので、短い作品ながら読みやすいし、共感できる部分が多かった。

◇西村亨「自分以外全員他人」(筑摩書房、2023年11月刊)

内容

マッサージ店で勤務する柳田譲、44歳、独身。傷つきやすく人付き合いが苦手な彼の心を迷惑な客や俗悪な同僚、老いた母や義父が削り取っていく。自死することだけが希望となった柳田をさらに世界の図らざる悪意が翻弄する-。

図書館データ

ぼくの感想

わかりやすいタイトルがいい。すべて漢字で表記されたそれが、何か迫るものがあると感じる。
西村賢太(同じ西村姓!)の代表作「どうで死ぬ身の一踊り」(芥川賞受賞作の『苦役列車』よりこちらでしょう)に通じる、作者の諦観が沁みるのだ。

筆者のインタビューを読むと、ご本人もかなり自殺願望があった、今もあるらしい。
小説に書くことでその気持ちが昇華され、願望が解消されたかどうかは知らない。
物語の主人公は、ささいなことで犯罪となる暴力をふるうのだが、たぶんその部分は筆者とは違うだろう。
西村賢太的な、本当の乱暴、無頼漢ではないのだろうが、いろいろと共感できる部分があり、抑えた筆致もよかった。

日常の隣に突っ立っている本来なら遠ざけたい危険。それをなぜか呼び込んでしまう人物っているだろう。ぼくもそういう類のひとりだ。
引き取らないでいいはずの、つまらないトラブルに巻き込まれる――ま、身から出た錆でもあるが。

今後、どんな小説を書いていくのか。こういう人が、「文壇」で残っていけるのかどうか、関心を持って見守る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?