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「故郷いいとこ」

雨沢あめざわ
戦災に遭っていない
数少ない日本の都市のひとつ
黒々とした瓦屋根を抱く家屋が
入り組む 迷路のような路地に
びっしり建ち並ぶ
かび臭い顔つきをした
息苦しさだけを
ぼくに感じさせ
受け入れがたい 所だった
「雨沢いいとこやがいね」

老いも 若きも
口をそろえて言っていた
不思議なものだ
何百年も前
我らの祖先は
百姓自身が町を治めるような
力を持っていたのに
尾張の軍勢に攻められ滅ぼされ
どういうわけか
今では 連中が作り直した繁栄を受け入れ
明治以降の衰退した街を
過去の栄華にすりかえた
姑息な根性しか持ち合わせぬ人間しかいない
あの街に何年か住み
国民的な大作家になった人が
「あそこは独特のよさがあるよね
 街中に残った赤レンガ造りの建物なんて
 あそこの冬空の色に
 すごくマッチしててさ…」

100万回くらい
エッセーや 地元だけでなく
各地の講演でも語り続けている
それには同意するけれど
自分の意思であの街を 故郷を離れ
四十有余年がたつ
「いいとこやがいね」
という音の響き
昔も 今も そう言い募る人びと
あの言葉が
冬の湿った空気と
同じように
今も僕の肌に貼りつく
「いいとこ」
そこに戻らぬまま
記憶はそのままに
僕の体 魂に
べったりと
雨沢の思い出は
貼りつき続ける

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