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|不思議な衝動

「お前も手伝いに来るか?」
父が主催するサイクリングイベント。
今回で8回目になる。

新緑の空気に触れたかったこと、イベント運営やボランティア活動に興味が湧いていたこともあって、なんとなく参加した。

スタッフは30名ほどだろうか。
父の旧友と自転車仲間から派生した人たち。
がっちりタイムテーブルが組まれ、スタート地点やコースの各ポイント地点に分かれて、食料を配給する。

夜明けの薄暗い時間から走り出す強者サイクリストが嘆くほどの峠。その頂上にある見晴らしのいい展望台が私の配置だった。

同じ展望台のスタッフの中に、熱海さん(仮名)と戸塚さん(仮名)がいた。10歳くらいかそれ以上の年上の穏やかな男性陣だった。

気さくで控えめ、前に出て目立つことより、裏方での気配り、力仕事や泥臭い作業も率先してやる。ふと目をやると、テントの表側で対応するスタッフの陰で、重いものを移動させたり、小さなゴミも拾ったり。
どんな時もフラットで、誰にでも変わらない優しさと心遣いが自然と出来る。

どこか、なんだか、周りと違うと感じた。
なかなか出会わない不思議な感覚。

…あ、きっと心が綺麗ってこういう人だ。

エイドステーションで配給を終え、展望台からゴール地点へ戻る車の中で、二人のことが知りたくて、私は色々と質問をした。
過去にこの過酷なライドイベントで参加者として完走した話、都内から海辺の街に移住した話。休日のサイクリングの話。

「あ、そう言えば、BROMPTONていう小さい自転車を最近買ったんです。お父様に勧めてもらって…」
「あ、私もです。お父様に勧めていただき…」

え。

はぁ〜この二人にも父は吹き込んでいたのか…
この前乗ってきたアレか。

「なんか、すみません。」
私の口から出たのは、謎の謝罪。
父がいつもすみません。
俺様キングスですみません。

「いや〜BROMPTONいいですよ、気軽に乗れるし、ロードバイクより危険も少ないと思います。それでいて結構力もあるので、急な坂道も問題なく行けます。私はよく海沿いを走ってます。」

…へぇ…
…BROMPTON、帰ったら調べなきゃ。

この時、私の頭はもう決めていたのかもしれない。

二人からのBROMPTONに関する情報は、父から数週間前に聞かされたことと然程変わらなかったはず、なのに。

私も同じように乗ってみたい。
そんな風に日常を過ごしてみたい。

ただ、そう思った。
いつもあれこれ考えてなかなか動けない私が、珍しく抱いた衝動的な気持ちだった。

私の相棒となるBROMPTONが家に来る、
一週間前の出来事だった。

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