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ヴィシー留学記 リヨン(2017.02.26)

リヨンの市街を流れるローン河の水を眺めて、自分は今石堤の下、河原の小砂利を蔽う青草の上に、疲れた体を投倒している。
毎日なにもしないが非常に疲れた。体も心も非常に疲れた。フランスに来てから早や二週間あまりになる。もう旅路の疲れと云う訳でも有るまい・・・。

これは僕の日記ではない。永井荷風の『ふらんす物語』における一節である。僕は残念ながら、今となっては荷風の気持ちを全く理解できない。

リヨンを訪れたのは、完璧な土曜日だった。バスでヴィシーから3時間、霧や暗いトンネルを抜けてようやくたどり着いた。車中では仲良くなったインド人のニールが隣に座っていた。

ニールはリヨンに着く直前に、昔付き合っていた女の話をした。4年付き合った人はコロンビア出身で、今は国に帰り、新しい男と暮らしているという。僕はその話を聞いて、「それが人生だ(C'est la vie)」と言った。しかし、ニールはまだ24歳だった。若い時期に手痛い失恋を経験したことは、知的でユーモラスな彼に影を与え、より魅力的な男にしただろう。僕らはお互いにどこか似たものを感じていた。

リヨンに着くと、空は映画に出てくるように青く晴れ渡っていた。バスを降りると、眼の前にはノートルダム大聖堂(La Basilique Notre Dame de Fourvière)が見えた。ここは結婚後23年間、跡継ぎに恵まれなかったルイ13世が聖母マリアに献納した場所としても知られている。その後、太陽王ルイ14世が生まれたのであった。

聖堂は小高い丘の上に立っていた。僕たちはここから市街をパノラマで見晴らすことができた。

リヨンはフランス第三位の経済都市だが、特徴は二つの河だ。ローン河とソーヌ河。『ふらんす物語』によれば、当時のリヨン株式取引所の入り口には、裸体の男女が身をからませて泳ぐ大理石の彫刻があったという。そして、その彫刻における筋骨逞しく恐ろしい男がローン河であり、後ろ向きに溺れる女はソーヌ河を意味している。リヨンの中心には、この二つの河が流れ、交わっている。ガイドによると、リヨンが栄えた原因の一つは、この河の交わりがもたらす水運事業だという。

僕たちは大聖堂を見学した後に、ローマ時代の円形劇場を通り、旧市街へ下った。街並みは当時の様子を完璧に残していた。アンドレ・マルローが文部大臣だった際に、旧市街を改修する予定もあったらしいが、住民の反対により中止になったという。ビルの中には、未だに隠し通路のようなものが残っていた。レ・ミゼラブルの映画に出てくるような小道で、いざという時にはここに隠れることができる。この街は古き良き時代の美しさを見事に残していた。きっと今日の美しさも永遠に失われることがないだろう。

ランチを食べた後は自由時間だったので、僕はニールと琴美と一緒に、三人でリヨンを回った。とにかく人が多く、出発前にはすりに注意と言われていた。しかし、僕らの間には何も怖いことはなかった。僕らは三人で何度も河を渡った。橋の上で写真を取った。琴美はとても楽しそうに笑っていた。ニールは写真に夢中になって、より美しく撮れる場所を探し求めていた。

その後、三人でアイスを食べた。ニールはチョコレートアイスとコーヒーを頼んだ。琴美は3種類のアイスを選んだが、僕にはなんだか甘いように感じた。僕は2種類のアイスを頼んだが、どちらも酸っぱかった。それでも三人で食べると、結果として丁度良いバランスだった。

自由時間の終了時刻、17時半になるのはあっという間だった。僕らは集合し、バスに乗り込もうと移動した。バスが停まっていた場所には、サン=テグジュペリの銅像があった。座っているサン=テグジュペリの後ろには、ぼんやりとした顔の”星の王子様”が立っていた。

ヴィシーに帰るバスの中では、窓から星がたくさん見えた。多くの学生が歓声を挙げ、夜のとばりの輝きを写真に収めていた。僕は暗い夜でさえ、こんなに多くの光があることに改めて驚いた。もちろん、星の存在を知ってはいた。それでも、しばらく忘れていたような気がする。北極星がダイヤモンドのように明るく輝いていた。

闇の大海原に瞬く光の一つ一つが、今、そこに人間の意識という名の奇跡が存在していることを教えてくれた。…(中略)…絆を取り戻そうとしなければならない。平原のそこここに燃える灯のいくつかと、心を通わせようとしなければならない。(サン=テグジュペリ『人間の大地』より抜粋)

ヴィシーに着いたのは、20時を過ぎていた。ニールは「遅いけど、一緒にご飯を食べないか?」と僕を誘った。僕はとても疲れていたが、「もちろん」と言った。僕らはビールを飲みかわし、お互いの将来のことを話し合った。

若き日々が一瞬の奇蹟によって息を吹き返したようだった。

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komatsum

しばらく好き勝手書きます。更新は年に数回かもしれません。(苦笑)
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