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『ルース・エドガー』

裕福な養父母の下で育ち、学業もスポーツも優秀、人への慈愛も溢れるアフリカ難民の黒人少年。しかし、その真の顔に疑念を抱いてしまった黒人教師の言動が、周囲の人々を困惑と混乱に陥れていく。少年はアメリカの理想なのか、それとも…。

ストーリーとその背景は、公式サイト http://luce-edgar.com/ が、この上もなく的確に説明しているので重ねる愚は避けるけれども、今アメリカで起きているプロテストのあちこちで噴出している問題が、すべて含まれている深いシナリオに驚く。原作となったJCリーの戯曲が2013年だから、オバマがイメージされているのは間違いなく(そんなセリフもある)、正しく清く、向上心溢れ、公正な民主主義を掲げるアメリカの理想を、アフリカ難民の少年に半ばインストールするかのように育て上げたリベラルな白人の親は、果たして本当に正しかったのか。親や学校から求められる姿に矛盾を感じているかのような主人公の言動は、思春期の単なる反抗なのか、破壊衝動なのか、それとも別の理由なのか…。観るものにも「果たしてこの少年の真意は…」と疑念を抱かせる。

主人公に疑いの目を向ける黒人女性教師(これがまたオクタヴィア・スペンサーの名演)はただの告発者的存在ではなくて、人種、性差、階層、家族に起因する苦しみを受けてきた半生で非常に厳しく社会問題に向き合ってきた、という設定がまた深くて(ファーストネームが「ハリエット」というのもメタファー)、アメリカに出自をもたない黒人、という肌の色こそ同じだがバックボーンが違う主人公(ケルヴィン・ハリソン・Jr、とてもオバマっぽい)や、また同様に真摯に社会改善をなそうとしてきたその母親(ナオミ・ワッツ)との対比で、アメリカ社会の複雑かつ、解決しようもなく思える諸問題を浮かび上がらせている。ラスト近くで、主人公と対峙する教師の心から絞り出されるセリフはその象徴なのだろう。

果たして正しくあろうとする自分は本当の自分なのか、一方で、感情に任せる生き方は本当に人々を幸せにするのか、外見と内面で矛盾が生じてしまい自身が壊れそうになる時に、人はどうすべきなのか。

さまざまな問い(そしてそれは永遠に解決されない)の中で人が進むべき道はどこにあるのか、今のアメリカ社会の叫びにも似た作品だった。

2019年/108分/PG12/アメリカ 原題:Luce 配給・キノフィルムズ、東京テアトル

ルースエドガー

公式サイト http://luce-edgar.com/



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