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”自分は普通側に立っている”と思い込んでいるあなたへ

実はシェアハウスに暮らしていたりする。人と住むことは、こうも楽しいことかと。朝起きて「おはよう」と言える、些細なことでなんだか笑える。住人たちに感謝しながら、昨日も大量に作ったカレーをシェアした。きっと住人たちも楽しんでくれているに違いない。

いつものごとく書店を物色していると、なんとシェアハウスを題材にした漫画が出ているではないか。どれどれ、人質……? なんだか物騒だが、買ってみるか。

読後、自信がなくなった。

あらすじ 人質たちのシェアハウス/有咲めいか

多様な人々が集住するシェアハウス「エンカウンター」。ゴスロリの女装をしたシェアハウスの大家 鬼頭史樹(きとう しき)が迎え入れる住人たちは、PTSD、強迫性障害、グレーゾーン、場面緘黙……など、社会の中で居場所を見いだせなかった人たち。大家の友人にしてシェアハウス住人の大学2年生 榊原拓海(さかきばら たくみ)と、入居者たちの共同生活のルールは「嫌なことは伝える」のひとつだけ。嫌なことってなんだ? 居場所って? 多様性? ”自分は普通側に立っている”と思い込んでいるあなたへ問いかける問題作。

アンタッチャブルでセンシティブな”多様性”

最近、耳にしない日がなくなった言葉のひとつに「多様性」がある。人種やジェンダーなどの文脈で語られる多様性とは異なる、所謂”社会不適合者”とされてきた人たちに注目したのが本作「人質たちのシェアハウス」だ。

作者 有咲めいかさんは前作「偏愛カフェ」で性的倒錯者(パラフィリアン)たちを取り上げた。本作でも、アンタッチャブルでセンシティブな”社会不適合者”の領域に切り込む。

”社会不適合者”……あまり気持ちの良い言葉ではない。そこには適合すべき社会があり、適合できない・協調性のない人は排斥される。この言葉を使うのは恐い。自分が社会に適合している自信がないからだ。

社会に適合できているのだろうかと不安なあなた、大丈夫。今、社会は、誰も取り残さない、「多様性」を認め合いみんなが安心できる方向に進んでいます。話せば分かり合えます、まずは安心して話してみませんか?

自分で書いておいて何だが、非常に胡散臭い。きっと言っている本人は全くの善意から言ってくれているはずだが、どうにも「そうか……じゃあ、話してみようかな」なんて気にならない。

作中では、場面緘黙※1 で対面ではスマホ入力でしか会話できない入居者 水野虎太郎(みずの こたろう)に拓海が「喋れるように練習しないか?」と提案する場面がある。虎太郎はシェアハウスという居場所を失わないために一時は了承するが、やはり言葉を口にすることができない。そんな簡単に話せれば、こんなに苦労しない。
※1特定の場面・状況になると話すことができなくなる精神疾患、選択制緘黙

”エンカウンター”を考察してみた

さて、話題は変わるが気になるポイントがある。シェアハウスの名前「エンカウンター」だ。意味と語源は以下の通り。

encounter
(偶然)出会う、出くわす、遭う、遭遇する、(…と)会戦する
出典:weblio 英和辞典
encounter
ラテン語のin(中に)+contra(向かい合って)→kom-(一緒に)が語源。
「向かい合った状態になること」がこの単語のコアの語源。
出典:語源英和辞典

なるほど。出会う、向かい合うという意を踏まえると、シェアハウスに入居者たちは大家 鬼頭史樹や他の入居者と”出会い”自身の抱える悩みに”向き合う”と見ることかできる。

そして、関連ワードにこんなものがある。

エンカウンター・グループ

 「出会いのグループ」という意味です。人々が、お互いを尊重し、自分の可能性を安心して育んでいけるような生き方や人間関係を探求していくための時間と場所を提供するものと言えます。

 通常、数人から10人程度の参加者とファシリテーター(促進者)と呼ばれるスタッフで構成されます。期間中は、ゆったりとした時間の流れの中で、あらかじめ話題を決めない自由な話し合いを中心に過ごします。年齢や性別、職業や地位にとらわれない安全な雰囲気の中で、自分や他者の声に耳を傾けることができるでしょう。そして、さまざまな人との出会いや新たな自分の発見を通して、生き方の広がり・深まり・豊かさのためのヒントが得られるかも知れません。

出典:人間関係研究会 エンカウンターグループとは

エンカウンターグループの背景には、競争・効率化・成果主義の社会がある。診断がつかないが”うまくやれない”グレーゾーンの入居者 高林アオイ(たかばやし あおい)の悩みもこんな社会との摩擦だった。

シェアハウス「エンカウンター」は、このエンカウンター・グループを下地にしているのではないだろうか。住人(参加者)と大家 鬼頭史樹(ファシリテーター)が、シェアハウスで共同生活(時間と場所)によって、”新たな自分の発見”し、”生き方の広がり・深まり・豊かさのためのヒント”を得ていく。

しかし、第9話のラストでは強迫性障害で手を洗わずにはいられない入居者 祖父江蓮(そぶえ れん)は憤る。

「僕らはこのままでいなきゃいけないって言われているみたいに感じる。変わると困るって」

対する史樹の返答は淡々としていた。

「変わらなくていいと思ってるよ。けど、変わる必要なんてあるのかな、世間でいう普通になるために」

社会が”社会不適合者”と一括りにした人たちの中でも、それぞれの意見がある。そんな”普通のこと”も意識しなければ簡単に忘れてしまう。

 物語はまだ1巻、入居者たちは変わるのか、変わらないのか結末は読めない。しかし、感覚でわかることは、「社会不適合者が、問題を乗り越えて、社会に適合できるようになる感動物語」ではないことだ。自分の感性が信じられなくなる読書体験をしてみたい方におすすめ。そして読んだあなた、そう”自分も社会不適合者なのでは”と少し怖くなっているあなた。自分と語りませんか? 話せば分かり合えると思うのです。ここまで読んでくれた方の”トリガー”になる漫画を紹介できていれば本望である。

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