社会不適合者な君は・・・。

君は、社会不適合者だろうか?

働きたくないを通り越して、

「もう働けない」とすら思ってないだろうか。

実は、ぼくもそうだ。

社会を一度見てしまうと、絶望する。

先日、家にひたすら立っているだけで、誰にでもかかるお金を計算した。

いち....

じゅう...

ひゃく...

せん....

まん....

じゅうまん...。

え....?

そうだ。

あなたが今、そこに立っているだ

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【日記】2019年9月18日

起床:AM6時

当日初の食事:PM5時

退社:PM8時

翌日に向け車中泊のため自宅を出る:PM11時(これから出る)

もろもろ。
起床4時半の予定が二度寝からの遅刻をキメたので仕事相手に本気で怒鳴られたりしました。
どうも社会不適合者です。
でも担当だから退職が決まってても予定日を反故にされるわ代わりは見つからんわで解放の目処が立たず、いつぞやの医者探しも進んでいません。

恐らくこの状況

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信頼なんて

期待なんてするものじゃない

誰かを信頼してしまうと、その人が自分に興味が無くなってしまう時が怖い

自信がないんだ、自分に

けど誰かのせいにしないと、自分がもたない

だから、期待なんてするものじゃない

あなたを変えたい、人は変われるものだと思ってるから、手伝いたい

そう言うなら、途中で逃げ出さないでくれ

私も本気で変わりたいんだ、それは本音だ

けど一人じゃどうしようもないから、そう言

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社会不適合者がラクに生きるために、身につけておくといいたったひとつのこと

社会に溶け込めない人ってどうしても一定数存在します。そういう人は大人になってからそうなるのではなく、まだ幼稚園や小学校低学年の頃から集団生活に馴染めずに苦労する人が大半です。僕もそのうちの一人でした。どういうわけだか、みんなと同じように振舞ったり、揉め事を起こさずに仲良くやるのが苦手だったのです。友達も少なかったでしたし、先生や親には怒られてばかりいました。

僕のこの社会不適合者ぶりはその後も治

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とある人物の遺書

「変わった人」と言われてばかりの人生を送ってきました。
 なぜそう言われるのかは最近までわかりませんでした。

 友達は少なく、親には怒られ、とあるコミュニティでは周囲の多くの子供から無視される幼少期を過ごしました。
 「無視」が「いじめ」と呼ばれるものだったとは長じるまでわかりませんでした。
 なぜいじめられていたのかは今でもよくわかりません。
 ただひとつこれかなと思えることは、×しかいないコ

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学生の頃の話。
野球部の遠征で1試合目と2試合目でたお昼ご飯が鮭弁当だった。
鮭はめちゃくちゃ好きで
軽快に食べていた。
しかしその時急に違和感を感じた❗

そう、骨が刺さったのだ。

まぁ骨くらいたいしたことないだろうと思って
ご飯飲み込むも取れず、そのまま2試合目へ。
試合に出たかは覚えてないが骨が刺さってた事は覚えてる。
骨が刺さったまま試合に参加した奴も日本の中でなかなかいないはずだ。

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なんてこった

グアムから帰ってきてからは
順調に働いた。主に工事現場に行って職人さんの手伝いをするというものだったが、
休みは週1の予定だったが、先輩の優しさで
2週に1回は土曜日も休みがもらえた。
そして、仕事にもちょっと慣れた7月のある日
一緒についてた職人さんが帰るとの事で、
現場の駐車場で、その職人さんの車の前に他の会社の車があった為、自分が動かす事に(現場の駐車場がせまい為、全部の車にキーが差しており

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図書館

ずっと昔の会社の話をするのもあれなので
今日は図書館にすら迷惑をかけているという話。

僕の住んでいる家から、徒歩5分の所に図書館がある。
そしてそこで良く本を借りる。
借りるには大体小説家野球の本。
頭が弱いので内容はすぐに忘れるが、
電車で本を読むのが好きだ。
多分みんながスマホを観てるなか、小説を読んでる感じがカッコ良くモテると思っているのだろう。
実際は全然もてないが。

話は逸れたが、図

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社員旅行

2回前に少し書いたが、僕は新卒で会社に入り2週間で会社の社員旅行でグアムに行った。驚いた事に、旅行代金と現地で社員(20人)で一緒に食べる時の代金とそれと

お小遣い3万円ももらった

まだ初任給すらもらってないのに。初めての海外旅行で緊張したわけではないが、いきなり空港着いた瞬間にお腹を壊した。肉を食べてはお腹を壊した。バナナボートに乗って振り落とされる時に後ろに乗っていた上司の肋骨に肘が当たり

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社会人入社

社会人に入社した日、新入社員は僕一人だった。電気工事の現場監督という何も分からない仕事で、いきなり上司と更地の現場に行き、穴を堀り、19時まで働いた。親からは初日だし「17時には終わるんじゃない」と言われてたが甘かった。

これが日本の会社だ

と思い知らされたようだ。当時は実家に住んでた為、片道2時間。しかし学生時代野球をやっていた為、全然余裕だった。  続く