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夜からの手紙 ~月と陽のあいだに 外伝~

ハクシン(7)

 やがて私が十七歳になった時、アンジュが帰ってきました。二十五歳の男盛りのアンジュは、近衛連隊の小隊長になっていました。家庭では優しい夫で二人の息子の父であり、誰からも一目置かれ将来を嘱望される存在になっていたのです。大人の男性になったアンジュを前にして、私の中で忘れていた性への好奇心が再びわきあがりました。
 十七歳の私は、病弱であってもそれなりに成長して、以前より柔らかい女性的な体型になり、お化粧もするようになりました。ちらりと見かけた私に夢中になる殿方も少なからずいたのです。
 それなのに帰ってきたアンジュは、私を妹のように扱いました。図書館へ付き添い、話し相手にもなってくれましたが、以前にも増して大切なものを扱うように距離を置き、他人行儀になったのです。

 しばらくは私も,大人しい姫君のふりを続けました。もっとも何もしなかったわけではありません。流し目でちらりと見ては、すぐにそんな自分を恥じらうように目を背けたり、何かを取ってもらった時に指先を触れてみたり。淫らな私を出したり引っ込めたりしながら、少しずつアンジュを誘っていったのです。
 アンジュも以前のような無垢な若者ではありませんでしたから、あどけないくちづけくらいでは動揺しませんでした。けれども少しずつ繰り返される誘惑に、次第に抗えなくなっていく様子が、私にはわかりました。

 そんな時、私に縁談が舞い込みました。普通の貴族の娘なら、そろそろ嫁いで子がいてもおかしくはありませんが、病弱な私には今までそういうお話はなかったのです。
 お相手は、アンザリ辺境伯の嫡男とナーリハイ辺境伯の一族の子息でした。私はどちらにも興味がありませんでしたが、アンザリ伯の嫡男は兄と仲がよかったから、その方にしようかとぼんやり思ったりしました。
 けれども祖母は自分の一族に拘り、ナーリハイの子息を執拗に勧めました。

 ある日、祖母は私を自分の宮へ呼ぶと、その男と私を二人きりにしました。祖母に何か吹き込まれていたのか、男は馴れ馴れしく私に近づき口説き始めました。それがとても不快で、私は身を引いて顔を背けました。
 ところが男は、私が恥じらっていると勘違いしたのか、今度は体をすり寄せてきました。たまらず大声で助けを呼ぶと、部屋の外で控えていたアンジュと祖母の宮の近衛が飛び込んできて、男はすぐに取り押さえられました。
 取り調べの席で、男はあろうことか私が誘ったと言ったそうです。けれども乳母に抱かれて震える私の姿を見た近衛将軍は、祖母の口添えも聞かず、男を牢に放り込みました。

 それからアンジュは片時もそばを離れず、私を守るようになりました。それは責任感からだったでしょうが、きっと嫉妬もあったのです。
 私はますますアンジュに甘えるようになりました。安心するから側にいてとねだり、怖いから手を握ってとせがんでは、アンジュの胸に顔を埋めました。
 アンジュはじっと体を硬くしていましたが、いつしか私を抱き寄せて唇を重ねるようになりました。

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