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超短編小説『ラストノートの再会』。。🥺💘

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真夏の雨は執拗な湿り気と不快指数120%

私は慌てて、ホテルの回転ドアを押し中に滑り込む。

中は爽やかな冷気に包まれ、一瞬に身体に纏わりついていた湿気をぬぐいさってくれるかのようだった。

8月のこの夕刻はまだ明るい筈なのに雨空のせいか光をさえぎり、いつもより暗さを纏い陰鬱な雰囲気を醸し出していた。

暫くしてやっと汗が引き、予めリザーブしていた部屋のチェックインを済ませ、部屋で汗まみれの身体を一気にシャワーで洗い流した。

窓には灯りのつき始めたビルの灯りまでも洗い流されるかのように雨が降りしきっていた。

こんな雨の中あの人は来てくれるのだろうか⁉️

一抹の不安を覚えながらも、念入りに化粧を顔にのせていった。

そして、端正な顔立ちは徐々に華やなぎを増していった。

仕上げはいつもの薫りのアーチをくぐるだけ。

あの人が好きだといってくれた薫り。
 
LANCOMEのトレゾア。

華やかさの中に気品溢れるロマンチックなローラルな薫り。

薫りはそれを付ける人で微妙に変化する。

初めは蜜のような 甘いバラの香りのトップノートから、徐々に肌と馴染み体臭と混じり合い、その薫りは次第にピーチやバニラなどの魅惑的なミドルノートに変化し、最終的には自身と一体化するラストノートへと変化していく。
まさに薫りは魅惑の魔術。

LANCOME トレゾア


そう、あれは初めてすれ違い際にあの人に声をかけられた時と同じ薫りだった。

あの時、唐突に話しかけられたのだった。

見知らぬ男性から突然話しかけられたので私は一瞬戸惑った。

私は怪訝そうに『え、なにか?』

「唐突にすみませんm(_ _)m」

「毎日お見かけして、貴女とすれ違い際、いつも素敵な薫りがして…」

「なんの薫りかなぁって思っていたんです」

「別にへんな意味で聞いた訳じゃないです。実は近々妻が誕生日でサプライズで香りを贈ろうかなぁと思ってたんで。いきなりスミマセンm(_ _)m」

『まぁ、そうでしたの!』

『突然声をかけられましたので…』

いつしか顔は強ばりを忘れて綻んでいた。
よく見ると、長身で端正な顔立ち。

一瞬互いの目が絡んで反らしてしまった。

咄嗟に出た言葉が

『貴方のような素敵な方にそんな風ふうに仰られたら、なんか赤面してしまいますわ』

それまで見も知らぬ二人の初めての会話だった。

以来、お互い、会うと軽い会話を交わすようになり、少しずつ親密度を深めていった。

知り合って半年が過ぎようとしていた。それなのに、いつも会うと他愛ない会話ばかり。

なぜか暗黙の了解のようにお互いに個人的なことは一切聞かなかった。それ以上お互いを知ることはまるでタブーであるかのように…


分かっていることはお互いが結婚しているということだけ。

それと、彼は出張で月の半分この街にやってくることくらいしか知らなかった。

そんなある日、あの人からもうこの街には来ないと聞かされた。

というのも配属が代わり、出張しなくてもよくなったというのだ。

私は出来るだけ平静を装い、

『それは良かったですね。長い間行ったり来たり大変でしたわね。ご苦労様です。』と心にもないことを言った。

すると、あの人は
「それは貴女の本心ですか?」と…。

暫く二人は会話なく歩き、いつもの二筋目の角を曲がったところで『お元気で!』と言って別れた。

そして、お互い反対方向へと歩き出したのだった。

暫く歩いているとうしろから誰かが走ってくる気配を感じ、振り向くとあの人だった。

息を切らし、額にうっすら汗を滲ませながら、「はい、これ。僕の連絡先です。もし、京都に来ることがあったら連絡下さい。」と言い残し走り去った。

それがあの人に会った最後だった。


あれから半年。

私は迷った。
私はあの人に初めて会った時からあの人が好きになっていた。

ずっと自分の気持ちを押し殺していた。夫ある人妻が他の誰かを好きになるなんて、私は自身でありながら背徳の恋のように思えて容易に受け入れられず、その気持ちに蓋をしていた。

会えないと思う気持ちがよりあの人を恋しく想い、苦しく、食事も喉を通らなくなっていた。

これが恋煩い。

恋する気持ちは幾つになっても変わらない。何もなく何も起こらず、確かになにもなかった!

もし、あのままあの人がいてたら、もっともっと親密度を深めていたらどうなっていたのだろうかと…


夫には京都の一人旅がしたいと言って出てきた。

家を出る迄は後ろめたさと罪悪感で苛まれたが家が遠退いていくに従い、自然に気持ちはあの人に会えるという喜びの気持ちに変わっていった。

出掛けはあんなにも晴れていたのに京都に近づくにつれて雲は厚くなり、気付いたら、空から雨が落ちていた☔


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身支度を済ませ、部屋のドアの横にある等身大の鏡に映る自分を見た。

幾分痩せてスレンダーになっていた。

そして束ねていた髪をほどくと、癖毛の髪が程よいカールになって、ノースリーブの肩を包んだ。

あの人は来てくれるのだろうか⁉️


どんどん胸が高鳴り、鼓動が早くなり顔まで上気し出した。

来るかどうかも分からない人を1Fのロビーのソファに軽く腰をかけて、あの人が来るのを待った。

あの人に会わなくなって半年。季節は初春から晩夏へと変わっていた。

約束の20時を10分過ぎたのにあの人はまだ現れない。

ひょっとしたら来ないのかもしれない。

気付いたら、時計の針が9時を指していた。諦めかけて席を立とうとすると後ろからあの人の声がした。

「すまない。随分待たせてしまったね。もういないかと思った。」

『私、京都に用事があって…』

「連絡もらって嬉しかったよ。今日は早く終わる予定が不意の来客があり、外せなくて、、。もう帰えったと思ったよ。本当に申し訳ない。」


『私の方こそ、突然ごめんなさいね。電話お出にならなかったのでショートメールでのご連絡で失礼しました。』

「びっくりしたよ。まさか本当に連絡頂けるなんて思っていなかったからね。それより随分待たせてしまって申し訳ない。」

『気になさらないで。』

「今日は京都におとまりですか?」

『えぇ…。』

二人はどうでもいい会話のやり取りの後、ホテルの中二階のバーへと足を進めた。

このホテルは和を基調とした庭園を囲むように造られた格式と重厚感のあるホテル。

最近は新しいホテルが乱立している中でも特に格式を重んじ、京都らしい雰囲気を漂わす和モデルタイプのホテルで泊まってみたかったホテルだった。

二人は庭をのぞむカウンターに座った。

「僕はまずビールを。貴女は?」

『じゃー、クール・ド・リヨンのカルヴァドスをロックで』

「粋なお酒を注文するんですね」

『このお酒はとても薫りがよくて、以前フランスのノルマンディー地方に旅行に行った時初めて飲んだんです。』

『ノルマンディー地方はリンゴがとれるのでそのリンゴで作る蒸留酒のブランデーなんです。甘い芳醇な香りがツーンと鼻をつく感覚が好きでそれ以来このお酒が好きに…』

『カルヴァドスは樽の中でゆっくり熟成させるのですが、その前の醸造酒がシードルなんです。』

「貴女は博学ですね」

『いえ、たまたまあちらに旅行に行って聞いただけです』

そんな会話がしばらく続いたがプツリと会話が途絶えた。

知らぬ間に窓の外の雨は止んでいた。

バーテンダーが
お客様、恐れ入ります。
閉店の時間でございますと…

辺りを見渡すと客はあの人と私だけだった。

二人は店を出た。

そしてエレベーターの前に着いた。

エレベーターは2つ並んでいた。

私は上向きのボタンを。

そしてあの人は下向きのボタンを押した。

あの人と私は顔を見合わせた。
目と目の視線が一瞬絡んだ瞬間あの人は私を引き寄せ、強く息が出来ない程抱き締めた。

そしてあの人は言った。

「あの時と同じ薫りだね」と。

「でも今日の薫りは一段と貴女らしいよ。」

次の瞬間下向きのエレベーターのドアがき、あの人は乗り込んだ。

私はその場に力なく立ち尽くし、上向のエレベーターがいた瞬間微かな風が舞った。。。🥺💘


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