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リュックに祈りを

我が家の末っ子、6歳男児はひと昔前まで「賢いジャイアン」という異名をとっていた。

昔から年齢のわりに語彙と好奇心が豊富で頭の回転が早く、そして生来の負けん気の強さと貪欲さによって我が子ながら手強い存在であった。

大人の誤魔化しは瞬時に見抜き、一度聞いたことは忘れない。幼い頭脳をフル回転させて目的達成を最短距離で目指す。俗にいうイヤイヤ期の頃は何度サジを投げたか分からない。

そんな彼も、もうすぐ小学生だ。信じがたい。

大好きな兄の背中を追いかけて上へ上へと憧れを抱いていたので、それはもう誇らしげである。すっかり大人になって、とは言えないが、その性質ゆえに物事の理解が早くおしゃべりが上手なので彼と過ごす時間は楽しい。

なんせ、お茶ができるのだ。

長男にお茶しよう、なんて誘ったら全力で避けるか食べるものだけ食べて出ていくのに。スイーツを前にわいわいおしゃべりする時間は辛党の私でもああ楽しいなあと思える。もちろん口喧嘩もしょっちゅうだけれど、妥協点が見つけられるようになっただけ昔よりマシである。

さて、そんな彼に日頃から担ってもらっている役割がある。記憶、およびリマインドだ。

何度買い物に行っても目当てのものを買い忘れ、長男に頼まれた新しいノートを放置し、記憶力はいい方だと自負していたのに最近ではこの有様である。ノートに至っては気がついたら自分で継ぎ足して使っていた。もっと催促してよ、と自らを棚に上げて抗議したが、彼は彼でそういうことに頓着しないので特に困っていなかったらしい。母が母なら子も子である。

そんなわけで記憶力の塊、末っ子が頼みの綱。

帰ったらアレやらなくちゃ、も薬局寄ったらコレ買わなくちゃ、もお願いしておくと高確率でリマインドしてくれる上に本当にやった?と確認までしてくれる。これに関してはスマホの何倍もありがたい。

それに乗じて、地震とかの災害があったらここに避難してね、持っていくリュックはここにあるよ、中身はこれだよ、も折に触れて伝えるようにしている。

というのも、私も夫もフルタイムで在宅勤務ゼロ、勤務先から徒歩で帰ろうものなら半日はかかる。近居のバーバはいるが車で10分、山をひとつ越えるし頼りにするのも忍びない。我が家の災害対策は大人不在を前提にしなくてはならないのだ。

家族それぞれひとつずつ持ち出し用リュックを用意しているのだが、子ども用には目立つキーホルダーをつけて非常時はこれを持って指定先の学校へ、としつこく伝えている。私か夫が生きている限り何時間かかろうとも必ず迎えにいくから、と。

キャンプ道具はひととおり揃っているし、水や保存食のストックもある。数十回分の簡易トイレも、大容量のバッテリーもある。それでも心配は尽きない。いざというとき自分がそばにいられないかもしれない、という不安だけはどうしようもない。

だからこそ、災害対策品のチェックをするときはわざと末っ子の前で広げる。

これ何?どうやって使うの?普段なら面倒に思えてしまう質問にも答えて、使わせる。手回しライトやラジオをつけて、アルミシートにくるまって、期限が切れそうなアルファ米や保存缶のお菓子を食べる。

大抵は作業の途中で飽きてしまうけれど、彼の好奇心と記憶力はきっと役に立ってくれる。そう信じて。

せめてもう少し近くで働けたらなあ、と思わないでもない。でもそれは本質的な対策ではないのだろうし、言葉が悪いが私には私の人生があるので災害に限らず多少のリスクは飲み込むしかないのが実情だ。

長男は自分の好きなものにしか記憶力が働かないので、ちょっと申し訳ないがそういう面ではあまり期待していない。ただ、情緒が安定していていつもニュートラルなので、きっと臨機応変に弱い弟の精神的な助けになってくれるだろうと思う。そこにいるだけで不思議とホッとするのだ、彼は。

災害だけではなく、事故も病気も予測できない。極端な話、毎朝同じ電車に乗っている私も明日この電車に乗れるとは限らない。そのとき生きている可能性は限りなく高い、でもこの世にいない可能性もゼロではありませんよ、なのである。

とはいえそんなことばかり考えて薄氷をふむ思いで毎日を過ごしていたらめちゃくちゃ疲れるので、普段は目を瞑っている。見ないように、考えないように。

時々、意を決して目を開ける。

明日も、欲を言えばずっとその先まで今日と同じ朝が来ますように、と願いながらひとつひとつ品物をチェックして足したり、引いたりする。末っ子が作業に参加するようになってから、これはもう願いというか、祈りだ。

期限が近くなったから食べちゃおうか、を繰り返していけますように。
簡易トイレもリュックも、出番がありませんように。
出番があったとしても、自分がそばにいられますように。

私の災害対策は、祈りである。

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