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ホストはなぜ飛ぶのか

光陰矢の如しとは本当によくいったもので、時間が経つのはあまりにも早いものだ。僕が歌舞伎町に来てから、早くも半年少々の時間が過ぎ去った。そしてこの期間で、少なくとも9人もの人間が飛んだのをこの目で確認した。

『とうとうこいつはクスリにでも手を出して頭がおかしくなってしまったのか?人は飛べないだろ』と思っている人のために補足しておくと、飛ぶというのはバックレのことで、この時点で俗っぽいが更に俗っぽい言葉に直すとブッチをするということだ。

基本的に一般社会を生きていると人は飛ばない。加入をしている何かの組織から脱するときは、正当なプロセスを踏んでやめるのが常識であるからだ。私の前職は一般企業の営業職であったが、しっかり課長と面談をして副部長と面談をして役員と面談をして、退職届を書き、受理された後に退職をした。前職も割と人の入れ替わりは激しい職場であったため、退職をした人間は何人も見たが、そのほとんどが正当なプロセスを踏んで退職していったと認識している。ちなみに余談ではあるが、私の教育係であった松原君という先輩はある日突然、退職代行を使用して辞めてしまった。ある秋の日の朝、私がいつも通り会社に出勤をすると朝の会議中に一本の電話が鳴った。当時駆け出し社員であった私がその電話に出たわけであるが、電話先からは「〇〇弁護士事務所の△△です。松原さんの退職の件でお電話を申し上げました。」との言葉が聞こえてくる。その瞬間に私は気づいた。【ほんまや、松原くん今日おらんわ】と。まぁそんなこんなで私は自分の教育係の先輩の退職代行の電話を受けた珍しい経験の持ち主である。しかしまぁこの松原くんでさえ、感情論さえ置いておけば、一応退職代行というサービスに課金をして、法的には正しいプロセスを踏んで退職をしている訳である。少し話が逸れてしまったが、こんな具合に一般社会において飛ぶという辞め方は滅多に起こり得ない訳である。だがしかし、ホスト業界では頻繁に起こる。なんなら過半数の人間が飛ぶという形で店を去っていく。これは何故なのだろうか。私なりの見解を示したい。

ホスト業界で飛ぶという辞め方が主流になってしまっている原因は大きく3つあると考える。

ひとつ目はホストが個人事業主である点である。一般企業に勤めていると、健康保険や税金、年金などが給与から勝手に天引きされる。そのため、その分野において個人的にしなければならない手続き等は基本的に発生しない。しかしながら個人事業主の場合、それらの社会保険や税金関係の手続きを全て自分でしなければならない。もし会社を辞めるとなると、給料がなくなるだけでなく、それら社会保険の手続きも自分でしなくてはならなくなる。正しく社会保証の枠組みの中で生きるためには、そのために必要な退職の証明書や過去の収入証明などをもらわないといけない。となると、正当なプロセスを経て円満に退職をし、しっかりとそれらの書類をもらう必要性が出てくる訳である。一方でホストというのは、個人事業主である。働いている店舗の従業員であるものの、ホストは正社員ではなくあくまで、業務委託契約の個人事業主となっている。ホストクラブはあくまで、店舗の設備や備品を提供して、ホスト達と契約をしているだけなのである。そのため、ホストの社会保険に関して、働いている店舗は一切の関与をしない。そうなった時に、ホストはその店舗で働いていようが働いていまいが、社会保障の枠組みに何ら影響を与えることはない。そのため、正当な手順を踏まずして辞めることのリスクが、一般企業に勤める人間に比べて低くなっているのだ。社会保障の観点から飛ぶことによって生まれるリスクやデメリットが小さく、飛びやすい環境となっていることをひとつ目の理由として挙げられる。

ふたつ目として負のサイクルを挙げたい。
名誉のためにもあらかじめ伝えておくが、私が在籍をしている歌舞伎町のHAREM総本店は自分で言うが結構いい店であり、クリーンかつまともな思考の人間が運営をしているので、退職の意思を伝えれば普通に円満な形で退職をすることが出来る。また、私自身ホストクラブはまだ1店舗目であるため実際見たわけではないが、話を聞いている限りでは時代の影響もあり他の店舗もだいたいはしっかり伝えれば普通に退職ができそうな感じである。
しかしながら、昔のホストクラブというのはそうではなかったという話をあちこちから聞く。昔のホストクラブというのは、それこそ世間が想像をしているような悪いイメージの通りの部分があり、半分ヤクザみたいな人間が運営をし、アルコールハラスメントや殴り合いは日常茶飯事、というような店舗も一定数実在していたという。そして、そのような店舗では、退職の意思を伝えても辞めさせてもらえなかったり、ひどいところでは退職するどころかボコボコに殴られるなど、まるで法治国家の中にある遊興施設とは思えない事態に陥ることがあったという。そうなった時に、どうしてもその現場を脱出したかったら飛ぶしかなくなってくる。正当なプロセスを踏めない環境下から脱出するには飛ぶ以外の方法がないのだ。ひとたび誰かが飛べば、他の人間にも飛ぶという選択肢が生まれる。そしてまた誰かが飛ぶ。何人か飛べば店が、業界が従業員が飛ぶことに慣れてくる。尚更従業員が飛びやすくなる。そして気がつけば飛ぶという辞め方が当たり前になる。この負のサイクルが飛ぶという辞め方を助長している。
ぶっちゃけた話、私は一般企業からこの業界へと出てきた身であるため、そもそもの選択肢に飛ぶことはなかったが、入店してから先輩方に「お前は頑張ったら売れるから、辛くても飛ぶなよ」という激励を幾度となくもらった。最初は「何を言ってるんだ、飛ぶなんてそんな非常識なことはあり得ないだろ〜」と思っていた私だったが、昨日まで仲良く働いていた従業員が突然飛んでしまうシーンを何度も目撃し、気がついたら私にとってもいつの間にか、誰かが飛ぶことが当たり前になってきている感は否めない。
長い時間、繰り返されてきたこの負のサイクルによって、間違った業界のスタンダードが作り上げられてしまったこと、これがふたつ目の理由として挙げられるだろう。

みっつ目としてはホストの仕事内容を挙げたい。
そもそもホストというのは、チャラチャラしたイケメンがヘラヘラ酒を飲んで、女の子から高い金を取る仕事だというイメージがあることは否めない。そして売れっ子になれば大金を手にできるというイメージもあるだろう。そうなった時に、ホストを志す人間は少なからず「女の子にチヤホヤされながら酒を飲んで金持ちになる」というような、あまりにもキラキラした野望を抱いて、業界に挑んでくる部分がある。しかし実際は、案外過酷だったりする。一定の売り上げがないと、早い時間に出勤をして店を掃除する掃除組に割り振られ、営業が終わってからもグラス洗いなど店の掃除をするために居残る必要性が出てくる。営業中は、自分のお客様がいないため、先輩のお客様の席に着かせていただき、先輩のお客様が最大限楽しめるようにガンガン飲みながら全力で楽しませる努力をする。また、自分の売上がないと大学生がちょっとバイトを頑張った月くらいの給料になる。簡単に言ってしまえば、売れるまでの期間は絵に描いたような下積みであり、まぁまぁ泥臭く、泥水をすする暮らしが待っているわけだ。毎日浴びるように酒を飲み、心身共に不安定になりやすい中で、思い描いていたキラキラホストライフとはかけ離れた暮らしを強いられることになる。この理想と現実のギャップが、アルコールというブーストを経て夢見る新人くんの心をへし折る。このメカニズムで、あまり何も考えていなかったり、根性がない人間が、淘汰されてしまうのだ。

長々と語ったが、めちゃくちゃ簡潔にまとめると、ホストという業界は、案外大変だし普通に飛びやすい環境なので人がよく飛んでしまうのだ。

あとがき
あえて本編では書かんかったけど、飛んでいく人間は基本的に責任感もないし必要な道徳心や倫理観が欠けている節がある。そういう人間がまぁまぁ一定数入ってくる業界なのも確か。売れてる人たちが飛んだのは見たことないし、そういう人たちは責任感持って、店をよくしようと頑張ってやってるまともな人多いけど、これと「まともやったから売れた」のか「売れてまともな責任感が芽生えた」のかはぶっちゃけ分からん。まぁでも対人関係がまともやったら売れるんやとすると、俺が売れてないのはあまりにもおかしいから、多分あんまその辺は関係ない気がする。『俺が反例だ!』かっこいい感じやけど、あまりにも悲しい話にはなってくるなこれ?笑笑

まぁでもさ、ほんまに悲しいよ。俺も飛んだ従業員にまぁまぁ仲良くして可愛がってもらってた先輩とか、チョロっと可愛がった後輩とかおったけど、飛んだ以上は正式にちゃんと仲良く出来ないもんな。だいたいの奴は飛んだらLINE変わるし、珍しくLINE変わってなかったとしても、大体の人間はLINE送っても返ってこないし。まぁでも自分飛んだ身で、飛んだ店にまだいる人間とLINEしてんのもそれはそれでヤバいからそりゃそうっちゃそりゃそうなんやけど。別れって普通にどう足掻いても寂しいし悲しいもんやからこそ、せめて綺麗にしたいよなその辺は。せっかくなんかの縁でいっかい関わったんやし、長い人生、またどっかで交われたら交わりたいもんな。

次回!誘惑!行方不明!!デュエルスタンバイ!

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