家庭を捨てる意味が果たしてあったのか?

高校の後輩に白野って男がいる。
後輩と言っても私よりずいぶん若いから学年は被らない。
じゃあなんで知ってるのかと言うと、地元ではわりと有名人だからだ。

彼は母子家庭で育ち、専門学校を卒業した後、地元の小さな零細企業に入った。
しばらく普通の会社員をやってたんだけど、ある時、彼は会社をあげたプロジェクトのチームリーダーに任命され、なんとそのチームが特許を出願する発明を出した。
その発明は業界ではかなりのものらしく、メディアから取材を受けることが多く、そういったことで、彼は地元で一気にスターダム?へのし上がる。

当時の白野には家庭があり子どももいた。奥さんのお腹の中にはもうすぐ産まれる2人めの子どももいた。
そんな時、彼は自分の未来を確かめたく、アメリカへ行くことを決める。
白野がアメリカに行こうと決断できたのは、特許を取ったことがきっかけで、ある業界最大手企業の女性CEOと親しくなり、彼女からなにくれとなく支援を受けていたからだ。
受けたのは支援だけではなく、都会や海外でビジネスを展開させる思考やノウハウも彼女から色濃く受けたっぽいね。
白野がアメリカへ3年間限定で行くらしいという話を聞いた時、彼は地元に戻るつもりはないんだろうと直感した。

若い男がいきなり世間からチヤホヤされ、注目され、会社にそれなりの不満を持っていた。
出会う人達は皆キラキラして見えて、都会で楽しそうにアグレッシブに暮らしているように見えたんだろう。なにより、白野には幼い頃から密かに持っていた強烈な上昇志向があったのかもしれない。
3年後、白野は日本に帰ってきたけれど翌年には会社を辞めた。
そして、奥さんと小学生の息子、生まれたばかりの娘を置いて東京へ出ることを決める。

きっと奥さんは、このまま慣れ親しんだ地元で働きながら子育てをし、実家近くに住んで子どもの成長を見守っていく、そういう未来を求めていたのだろう。
だけど、白野はそうじゃなかった。元々持っていた強烈な上昇志向にたまたまのラッキーで火がつき、出会う人達に触発され、「俺ならやれる!!」と思い込み、結果、


離婚をして単身上京となった。


家庭を捨ててでも自分の可能性を知りたかったのかしら?

狭い田舎だからそんな事情はすぐに広まる。ほとんどの地元民は彼を応援しなかった。
未だに彼は地元では嫌われている気配が濃厚だ。それは彼が家庭を捨てて東京へ行ったからじゃない。

離婚して間もなく、若い女とすぐに再婚したからだ。



その女を伴って地元に堂々と帰って来るあたりが白野の浅はかなところだよね。
うちの母のところへも再婚妻を連れて挨拶に来たらしい(笑)。
母は「まあ、上辺だけの応援しておいたけど、ここには子どもがいるのに、よく新しい奥さんを連れてこれたね」と呆れていた。
恐らく、地元民の大半が母と同じ感情を持っていただろう。あれだけメディアに取り上げられ、ヒーローとして称賛を浴びせた彼に地元民は冷たかった。
さすがに白野もアウェーな空気を察したのか、そそくさと静かに地元をあとにした。

白野が先述の女性CEOとくっつかなかったことが個人的には意外でね。
あの親密ぶりはデキていると思っていたけどなー。もしかしたら、どちらかが好意を抱いていたのか、いっときは両思いだったけど世間の目があって別れたのか分からないけれど、二人は未だに蜜月だ。
気づけば、白野は彼女が代表を勤める子会社の役員になっていた。

今、白野は地元時代のノウハウを活かし、自分でも会社を立ち上げている。果たしてそれがうまくいっているかは謎だけど、例の女性CEOとくっついている限り生きていくお金には困らないだろう。ただし、大成するとは思えない。

白野は大きな勘違いをしている。
彼がリーダーをしていたチームが確かに特許を取った。それは業界を大きく変えるぐらいの凄いものらしい。でも、白野はそこで人をまとめ、リーダーとして動いただけで、彼自身が何かを発明したわけでも、できるわけでもない。
もしも彼が世間に自分の何かを誇るとするならば、それは、そういうチームにジョインできた幸運と発明者と知り合えたことだ。けして、彼自身にアドバンテージがあるわけじゃない。
そして、そこに女性CEOが気づかないわけがない。
だけど、きっとそのことは白野には伝えず、上京してくることを長年に及んで耳打ちし続けたんじゃなかろうかと私は読んでいる。



そこには独身女の嫉妬があったかもしれないね。



白野が離婚をして東京に出てくるまでは、「彼は男気がある」と評判だった。
「アメリカへビジネス留学してしまったらもう地元には戻らないのでは?」という噂もあったけれど、ほとんどの地元民は「そうだとしても、自分の父親と同じことを妻や子どもにしないだろう」と勝手に期待していた。



ヒーローはどんな時でも例外なく潔癖でいないといけないのよ(笑)。



例外を許されないヒーローごっこは本人にしてみればしんどいことこの上なしだろうが、白野もそんな自分像が嫌いじゃなかったはずだ。
メディアにもてはやされていた頃の彼を思い出すと、その一挙手一投足に好んでヒーローを演じていた気配が漂っていた。

身分不相応なスポットライトを浴びてしまった白野はこれからが苦しいだろう。
強烈なまでに醸成された上昇志向と承認欲求を、今後どこまで自分の力で満たせるだろうか? 地元ではもはや、彼の噂はとんと聞かないし忘れ去られた存在に近くなりつつある。

自分自身を見極めるというのはものすごく難しい。
正直、白野程度の人間は東京には履いて捨てるほどいる。私は彼と繋がっていたSNSのフォローを数年前にそっと外したけどね(笑)。
さてさて、一発屋で終わるのかロングヒットできるのか。
これからも白野には個人的に注目していますよ!

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