ラーメンを食べると思い出すその人

私と夫はいわゆる職場恋愛で結婚して、私は夫がまとめるチームの一員だった。メンバーは9名だったかな。
私が12月の頭に部署異動でそこに配属になるまで樺山さんは紅一点だった。
特に美人だとか気立てが良いというわけではなかったけれど、チームのアイドル的存在で男性メンバーからは「あいつ面白いんだよー」って人気なタイプ。
確かにすごく変わってる人だった。
変わってるというか、うまく生活ができない人。今思えば何かしらの発達障害だったのかもなと思ったりしている。

例えば、樺山さんは毎日必ず10分ほど遅刻をして来る。それは毎日のことで、その度にマネージャーから注意を受けるんだけど一向に治らない(笑)。
じゃあ仕事に関心がないかと言えばそうでもなく、売上はほぼ毎月立てていたし、インセンティブ競争の時はものすごくやる気を出していた(でも毎日遅刻する(笑))。
着てる洋服も2週間ぐらい全く同じもので、髪は大体ぼさぼさでシャンプーしてないことが如実にわかった。
化粧は出社してから皆がいる前でメイク。遅刻してきてるのに堂々とそれをできるあたりが本当にすごくて、私は彼女のことを「社会に馴染めない孤高の天才」だと密かに思っていた。

ある時、樺山さんの目が充血していたので「大丈夫?眼科行った?」と聞くと、「あ、私、ワンデイのコンタクトを1ヶ月つけっぱなしなんですよー、大丈夫です」と…。


それを聞いていた全メンバーがドン引き(笑)。


とにかく身なりや清潔さ、人からどう思われるかということについて全くの興味を示さない人だった。

樺山さんはお金に困ってるみたいでランチもとったりとらなかったり。
ある時、私がお昼に誘ってラーメン屋に行ったのね。で、彼女がお金に困ってる話は知ってたからご馳走したのよ。まあ、1000円ぐらいなものだし。そしたら、彼女はすごく喜んで替え玉をしたの、4回も(笑)。
4回だよ!?今日日、男性でもなかなかそれはできなくない??
そんな彼女を目の当たりにした私は「よほどお腹が空いてるんだなあ」と感じ、それからは時々、ランチをご馳走していた。
なんかさ、面白いじゃん、そういう人。
これまでそんな女性と(男性もだけど)出会ったことなかったしね。

彼女は山梨県の出身で、結構偏差値の高い国立大学を出ていた。そして新卒で神奈川県の公立高校の教師になったらしい。
毎日遅刻をして、社会性がほとんどない彼女に教職が勤まるのか個人的にはすごく疑わしいけれど、本人はそう言ってた。
辞めた理由を聞いてものらりくらりとかわされる。
「言いたくない理由で辞めたんだな」と察してからは聞かなくなったけど、今でも退職理由は気になるなあ。
高校教師を辞めた後、月島にある小さな工務店に再就職をしたらしいけど、なんとそこは3ヶ月で解雇に。
その理由はちゃんと話してくれて、嘘か真か微妙だとは感じるのだが、


「社内メールで絵文字を使ったら社長にすごく怒られて、解雇になったんですよ」。


確かに社会人として「ないよなあ」というものだけど、解雇になるほどのこと?
私の予測では、きっと彼女はそこでも毎日遅刻をしていたり身なりに気を遣わなかったりした上での、「社内メール絵文字解雇事件」じゃないかなあと考えている。

ある時、「どうしていつも遅刻してくるの?それさえなければ樺山さんの評価は高いのに」と言ったことがある。
老婆心ながら彼女の将来が心配になったんだよね。あの時、既に彼女は30歳を越えていた。
しかも契約社員という微妙な立場で、生活態度の評価からしたらいつでも契約を切られかねないんだけど、それをマネージャーが上司から守っていた。もちろん成績が悪くないという実績もあったし。
だけど会社なんて実績をあげてくる天才よりも、言われたことや皆ができることをきっちりやってくれる秀才か凡人を求めるものじゃない?だからいつだって樺山さんの処遇が手に余っていたわけ。

聞けば、彼女には借金があった。
どんな理由でそうなったのかは聞かなかったけど、ホストにはまるタイプには見えないし、ブランド物を買い漁るタイプでもない。
樺山さんが借金を抱えていることは周知のことだったけど、いまだに彼女がどんな理由で借金をしたのかは誰も知らない。

「だから私、夜も働いてるんです、ラーメン屋で」と彼女からいつかのランチ帰りに聞いたことがあった。「そっかー、ラーメン屋って重労働って聞くから大変だよね。身体壊さないでね」と返したけれど、たぶん彼女が夜に働いていたのはラーメン屋ではないだろう。
借金を返そうとする女性がラーメン屋で働くだろうか?一刻も早く返し終えたいと考えるなら、その先は水商売になるんじゃないかな。私ならそうする。
キャバクラは彼女には勤まらないから(コミュ障)、風俗だろうと私は推察した。

木枯らしが吹く年末休暇が終わり、社内で「明けましておめでとうございまーす」の挨拶が飛び交う中、2名だけ笑顔が見えなかったメンバーがいた。


それはマネージャーと樺山さん。


「樺山、ふられたらしいぜ」。
冬にしては珍しく陽気な昼下がり、一緒にランチをしていた津川さんがそう言った。
私はクライアントのことかと勘違いして、「失注したんですか?どこ?」と聞き返すと、「違うよ、マネージャーにだよ」と言いながら蕎麦をすする津川のおやじ(笑)。
この人はあの会社では古株で、マネージャーからの信頼も厚かった。


「樺山、マネージャーに告白したらしくて、年末年始にかけてそういういざこざがあったんだけど、結局、ふられたらしい」。


誰から聞いたのかは聞かずもがな。
マネージャーから相談という形で聞いたんだろうと推察した。

それからほどなくして私とマネージャーは内密に付き合うことになった。
彼が私に好意を抱いていることはとっくに気づいていたし(笑)、私もデート相手が欲しかった。
誰にも気づかれずに付き合っていたつもりだけど、たぶん樺山さんは気づいてたんじゃないかなあと思ったりする。
恋する女はそういうところは敏感じゃん。
なにより、私が会社を辞める時、夫がバラの花束を渡してきたのよ(笑)。
「バカじゃん!こんなのバレバレじゃん!」と内心で毒づきながら受け取ったけど、その時、目があった樺山さんの表情がね、怖かったのよ…。

彼女とは特に仲が良かったわけじゃないけれど、今みたいな寒い冬にラーメンを食べてると、たまに彼女を思い出すんだよね。
元気に暮らしていると良いけどなあ。

あ、次男がぐずり始めた!
お昼寝の時間ね。

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