安い男

もう名前は忘れてしまったけれど、「こいつすごい勘違いしてるなー、うけるー(笑)」って男がいた。

彼を知ったのは冬が始まりつつ秋の夜で、わりと寒かった記憶がある。
西麻布で友達が開いたパーティーがあり、そこに彼はいた。
健康的に日焼けし、背はそんなに高くはなかったけれどイケメンで、和製ジョニー・デップみたいな顔立ち。
外資トップ企業で働いているという肩書も相まって、パーティーに来ている女性は彼を意識していた。
彼が何を期待してそこに来ていたのか当初はわからなかったけれど、私は彼が既婚者であること、狡猾なタイプであることをすぐに見抜いた。
まあ、私がすぐに見抜けるぐらいなんだから、彼の狡猾さなんてたかが知れてるんだけど、その容貌に魅せられちゃった女性は気づかなかったかもね。


ま、そんな女はアホだと思うけど♡


彼と話したり、誰かとの会話を聞いていると彼がある目的を持ってその場にいることがわかった。
どうも、パーティーに来ている男性の中にクライアントがいる模様。その人に媚を売っているように私は感じられた。

1次会が終わり、私はつまらないそのパーティーをさっさと抜けたかったのだけど、帰り際に主催者である友達に強く引き止めに合う。
「面倒だな」と思ったけれど、彼女にはお世話になっていたので2次会まで残ることに。
驚くことに、2次会には私と鮎子、主催者の女の子しかいなかった。でも女子会ではない。そこには、いけすかない例のイケメンとそのクライアントであろう50代ぐらいのおっさんが2人いたから。
「なんなんだ、これは」と思ううちに場はまあまあ盛り上がる。特に、イケメンに弱い鮎子は彼をロックオンしたくて頑張る頑張る(笑)。
「彼は既婚者だと思うよ」と言いたかったけれど、彼女とはそこまで親しくなかったし、自分に自信のある鮎子のことだからどうせ私の話なんて聞かなかっただろう。

2次会では1次会と打って変わって、イケメンはほとんど話さなかった。要はクライアントのおっさん2名のアシストをしていた。お酒を頼んだり、話題を降ってみたりなどなど。
なんというか、キャバクラの代わりに私達を選んだのか?というほど、私達にビジネスライクに接していた。

つまらなさすぎる場にいることがいい加減ダルくなった私は、適当な理由をつけて帰ることに。
そうすると、皆も自然と店を出ることになった。
店の外はいかにもな西麻布の夜らしい景色が広がっていて、学生時代に散々そこら辺で遊び倒した私は辟易していた。
帰りのタクシーを拾おうとタクシー待ちをしていると、少し離れたところから会話が聞こえる。
鮎子の甘ったるい黄色い声だけがやたら響いてきた。
どうも鮎子だけは彼らと3次会に行くようだ。「尻軽だと噂には聞いてたけど、本当にアホだなあの子」と内心で思っていると、例のいけ好かないイケメンがやってくる。自分の見た目をわかっているいかにもな笑顔を貼り付けて。

「次、行かないの?」と聞かれたので「帰るよ」と伝えると、「俺もここで帰るんだよね」と。
「だからなんだよ(笑)」と腹の中で思いながら雑談をした。
その中で彼は自分がアメリカ西海岸で育ったバイリンガルであること、ドイツにも住んでいたことがあるからドイツ語が得意なこと、30歳の誕生祝いに祖母から自由が丘に土地を買ってもらったこと、父親は射撃が得意でアメリカでは猟をしていたことなど、聞きもしないことをペラペラと話す。
私が黙って聞いているのは自分の話に感心しているから、と思ったのかもしれないが真実はその逆だ。


うざったい自慢話なんかどーでも良いからさっさとタクシー拾ってこいよ!!


って思ってた(笑)。
私はイケメン好きだがチビは嫌いだし、猟をする人はもっと嫌いだ。肉が食べたいならスーパーに行けば良いと思ってるから。
それに、自由が丘の土地を1000坪買ってもらったならわかるけど、たかだか数十坪程度で自慢されても、


ほんと困る。


彼が滔々と語る自慢話に時折、「なんで?」とか「どうして?」って合いの手を入れてたんだけど、それは「なんで猟なんて殺生するわけ?」「どうして自由が丘程度の土地を自慢するの?」って意味だったんだけど、通じなかったみたいで、彼は嬉々として、こう返してきた。


「なんでって、そりゃあ家に銃があるからさ」


そんなことはどーだって良いんだよ!!と思い、彼の軽薄で薄っぺらい精神を具現化したような安っぽい笑顔を見るのにも飽きたので、反対方向だったけど来たタクシーにさっさと乗ってしまった。

帰りのタクシーの中で、なぜあの既婚者がパーティーに来ているのかわかった気がした。
彼は、当時の私のような一般人にしてはルックスが良い女の子をおっさん連中にアテンドしていたんだと思う。
おっさん達は確かに金は持っていそうだけど、見た目的にはSO BAD(笑)。とてもじゃないけれど、若くて美人な女の子が相手にするとは思えない。もちろん、世の中にはもの好きもいるが。
そこに気づいてからは、さっきまでの違和感が解消した。
それは、1次会で「?」と感じ、2次会では解けない謎だったいけ好かないイケメンとおっさん連中の行動。

イケメンの行動は最初から疑問だった。
既婚者だろうことはわりと早い段階で気づいたけれど、なぜ独身だらけのあの催しに彼が来ているかわからなかった。
彼は遊び相手には困らないだけの容姿と職歴を持っている。
満遍なくいろんな人と男女関係なく話す。けれども、徐々に女性と話す回数が多くなる。かといって、連絡先を交換するわけでもなく、少しだけ距離を縮めたら別の女の子へ声を掛ける。
その流れがとても自然でそつなく嫌味がなかった。
とても手慣れている気がした。だから私は彼に用心をした。

1次会からおっさん達と耳打ちをする彼の姿を何度か目撃した。耳打ちしながら会場にいる女の子たちをニヤニヤしながら見回している光景がグロテスクに感じた。
2次会になると、酔いもあってかその行動は露骨になった。
2次会では中盤から下ネタが頻発するようになり、それが私が辟易した理由の一つだ。
私は女性の前で下ネタを言い過ぎる男が嫌いだ。
ほどよくなら寛容できるが、露骨すぎると下品になる。そんな会話でしか盛り上がりを作れないなら最初から貝のように黙っていれば良いのに。

2次会では、どうも「今夜ヤれる女の子」を物色している様子だった。
恐らく、私や鮎子はその候補だったんだろう。気持ち悪(笑)。



男には困ってねーしって話ですよ。



イケメンがまず女の子を引っ掛ける。会話の中で軽そうですぐにヤれそうな子を選別する。
そして、酔わせて1次会、2次会を奢る。けして安い金額じゃないから女の子たちは喜ぶ。かつ、周りが振り返るようなイケメンにエスコートされて2次会に「選ばれる」わけだから女としては鼻が高い。そういう人の優越感をくすぐりながら最終目的を達成させるんだろう。

そういえば、2次会の帰り、イケメンが私や鮎子、パーティーの主催者の女の子にそれぞれキスをしようとした。
私は避けた。鮎子は受け入れた。主催者の友達は電話がかかってきたふりをした(笑)。
この時点で、イケメンはおっさん達に鮎子を差し出すことを決めたんだろう。
鮎子にキスをした直後、まるで何もなかったかのようなドライな態度で少し離れた場所にいたおっさんの所へ向かい、下卑た笑みを貼り付けた下衆な顔で彼らに耳打ちをしていた。



バカな鮎子は、私や主催した女の子がキスを避けたとは露知らず、自分だけがそうされたと思い、喜悦満面だったな………。バカだわ…。



翌日から連日のようにおっさんから「会いたい」と連絡が入った。面倒なので無視していたらやたら怒り心頭なメールを送られて、うざったいので「結婚してるんですよね」と嘘を言うと、ますます怒り、「個人的に会えない人のために金を払ったんじゃない!!」と言い出すから(笑)、



「あんなはした金でその気になるなんて、ずいぶん安い女しか相手にしてこなかったんですね(笑)」と返してやった。



おっさんは鮎子にも似たような連絡をしており、イケメンにしか興味がない鮎子からも足蹴にされ、それはそれは怒り心頭だったらしい(笑)。

おっさんもイタイけど、私的にはあのイケメンの方が痛さで言えば勝ってたな。
自分の全てに自信があるような素振りだけれど、それらは全部、親や家から与えられたもの。
彼自身の手で何かを成し遂げた誇れるものは何もない。
それをわからないことが痛々しいぜと思ってしまうのよ。
なによりね、カッコよくてハイキャリアの男なんて東京には履いて捨てるほどいるわけで、自分だけが特別なんで思い込むところがね、なんか安っぽく感じちゃったのよね(笑)。

さてさて、今日は雨だねえ。

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