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vs細かすぎる男

細かいこと気にする人っていますよね。
え、誰って?

僕です。

はっきり言って、僕は自分の細かさが嫌いです。
床に脱ぎっぱなしの服が落ちてるとか、ゴミがそのままになってるとか、リモコンが知らないところに置いてあるとか。
気になる自分が嫌です。

わかってます。
そんなもの、気にしなければいいんです。
服を脱ぎっぱなしにしたって、誰も傷つきません。

もしくは、受け入れればいいんです。
細かい自分を認めてやればいい。

そんなことは百も承知なわけで。
でもその上でやっぱり。

細かい自分を倒したい自分がいる。
常にファイティングポーズ。シュッシュッ。

自分を受け入れるって、世間では結構簡単に言われますが、ハードル高いんだなあと実感します。

とはいえ、子どもがいると、いつも自分中心ではいられない。
自分を受け入れるとかどうとかの前に、子どもは容赦なく成長していきます。

これがまた、こちらが疲れているともうだめで、
いくら気にしないように努めていても、放り投げられた小さな靴下にイラッとしてしまったり、それを表に出してしまったりする。

その後の自己嫌悪からも逃げられない。

子どもと接するときだけでも、すべてを受け入れられる器を自分の中に持ちたいと思い続けてます。

今、僕は、自分の中の自分たちとの対話の最中です。

細かいこと気にすんなよ、小姑な自分。
まあ落ち着けって、ファイティンな自分。

時間はかかるかもしれませんが、まずは子どものために、自分と向き合い続ける。

全自分との対話を終えたとき、きっとホーエンハイムと同じ境地に至れることを願って。

鋼の錬金術師より

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