失敗の基準は自分にしか決められない

「丸ノコ使うのむずかしい」
「12000円の材料ムダにした」

昨日、仕事中に夫からのLINEが送られてきた。通知が来ていることだけは横目でチラリと確認していたのだけれど、スマホを見ている時間もなかった。

あとになって確認したら、どうやらテレビの棚を作るのに失敗したことを嘆いているようだった。

我が家では1000円くらいのローテーブルを、テレビを乗せる台として使っていた。脚は折りたたみ式で、強度はそれほどないだろう。夫が大学を卒業して、ひとり暮らしを始めたときから使い始めたのだと言っていた。もう18年くらいは使用していただろうか。

ひとり暮らしをはじめたころ、夫は「テレビ台」として売られているものは、割と高価なものが多いと感じたらしい。かわりになれば何でもいいと、適当なローテーブルを購入して、テレビを乗せて使ったそうだ。

わたしも結婚したばかりのころは、テレビ台なんて、なんでもいいわと思っていたし、そのまま使い続けていた。新しいものを買い替える余裕もなかった。

一旦受け入れてしまうと、なかなか買い替えるチャンスが見つからなかった。結婚当初暮らしていたアパートから引っ越しする時はチャンスだったけれど、慌ただしく引っ越してしまった。そのために、今の家に移り住んで7年経っても、そのローテーブルを使い続けていた。

夫が「このローテーブル、そろそろ変えたい」と言いだし始めたのは、昨年の秋頃だった。
庭に置くベンチを作ったことがキッカケになりDIYにはまり始めたのだ。

何を作るか、設計図をつくる。ホームセンターで木材を調達。ホームセンターでは木材を購入した人には工具を貸し出しがあり、自由に作業できるスペースもある。

猫が登る棚だとか、夫の実家でつかう箱だとかを作り、徐々に「テレビ台も作れるんじゃないか?」と言い始めた。

私としては「作りたいならお好きにどうぞ」というスタンスなので、自由に作ってもらうことにした。

設計図の段階で、夫は相当悩んでいた。部屋の角にぴたりと合わせるよう、台形にしたいだとか、横から猫が登れるようにしたいだとか。私が本をあちこちに置いてしまうので、それも収納できるように考えてくれていた。テレビをのせる単なる台、ではなく収納もできるテレビラック、というところだろうか。

いろいろと考えてくれてありがたい。けれど、出来上がるのは当分先になりそうだなぁと思っていた。しかし、どうやら私が仕事のうちに棚を作ってしまおうという気持ちが高まったようで、おもむろに昨日の朝「テレビ棚作っちゃうよ」というLINEが送られてきた後、本当に作り始めたようだった。

しかし、夕方ごろには「上手くいかなかった」とか、「難しくてムリ」という明らかに「失敗して落ち込んでいます」といった内容のLINEが次々と送られてきていた。「はじめて電動丸ノコ使ったんだから、うまくいかなくても仕方ないよ」とか「何事もチャレンジしてみないと分かんないよ」などと、かわいいスキウサギの動くスタンプを駆使しながらLINEの返信をおこなった。


しかし、夜になって、帰宅してみると、テレビラックが壁にばばーんと備え付けられていた。パッと見た目には、どこを失敗したのか分からない。近づいてみても何が気に食わないのか、私には全然見当もつかない。

「めっちゃうまくできてるけど、なにが不満なの?」と夫に聞くと電動のこぎりで木材をカットするときに、ガタガタになっただとか、二枚重ねて切ったからずれてしまっただなど。設計図通りに材料をカットできなかったことと、そのズレのせいで、組み立てるときにもすき間があったりだとか、ぴたっとはまっていないことだとかが大きな不満なのだという。

「なにも問題なさそうだし、全然このままでいいやんか」といくら言っても「そうかなぁ……」と不満げな様子。すごいすごいと、もてはやし、ほめたたえた後、「まあ、ギリギリのラインでOKとするしかないか」くらいのところまでは納得するようになってくれた。

いままで何でもいいから、と代わりに使っていたローテーブルに比べてみれば格段に良いものに見えるし、収納棚も作られていたので、なにも問題なさそうなのに。作った本人は依然として不満そうで「失敗したなあ」と繰り返している。

私自身、おおざっぱな性格で、夫はどちらかといえば几帳面なところがある。私が何度も「この棚の、なにが失敗か全然わからない」といっても、夫は「それは感覚の違いだから、理解してもらえない。一ミリでもずれると気持ち悪いでしょ?」とため息まじりに返事をしてくる。

人によって「ああ、これは失敗したな」と思うレベルはかなり違っている。いつだって、どんな物事にだって、100点満点を目指したいけれど、正直言ってそれは難しい。そもそも、自分自身の決めた100点満点と、他人の決めた100点満点のレベルは違っている。学校のテストの基準は先生が決めたものだ。「もっと歴史の、この戦国時代の武将について学びたい」という人にはいくらテストで100点をとっても全然物足りない、ということだってあるだろう。歴史よりも、他に熱中していることがあれば、テストの点数が悪くても「いまは歴史なんてやってられない」ということだってあるに違いない。

夫自身はテレビ棚は100点満点中、10点くらいの価値しかないという。私からしてみると、まだ製作途中の箇所があるためマイナス10点、として90点の出来栄えにみえる。

その人の考え方や、物事の取り組む姿勢などで「上手くできた」とか「失敗した」というのはかなり違うのだ。

とりあえず、夫はまだテレビ棚の制作途中で、今後「いやー、最後は上手くいったよ」と言ってくれるかどうかは分からない。けれど、私も、一緒に暮らしている猫も棚の完成を待ち望んでいる。出来上がった時、夫が暗い表情をしていても、「100点です」と言ってあげるつもりでいる。


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間詰ちひろ

つれづれなる日々のこと

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