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「開放特許マッチングビジネス」ってなに?職場で立ったまま寝られる仮眠ボックスの事例は劇場型プロモーションではないのか?

1.開放特許ってなに?



立ったまま寝られる仮眠ボックス「giraffenap(ジラフナップ)」が話題になっています。

 こちらの仮眠ボックスによれば、職場のスペースを圧迫することなく、立ったまま仮眠することができるということです。

 昼休みに「パワーナップ」することで、午後の業務もクリアな頭で行うことができるテクニックはよく知られていますが、そういう目的のものでしょうか?

 職場で仮眠すること自体に様々な論争が巻き起こっているのですが、それはさておき、「開放特許」ってなに?ということですね。

「開放特許」とは、ざっくり言えば、企業とかで取得したものの使っていない特許を、なんとかマネタイズしたいということで、誰かライセンス契約受けてくれませんか?とお願いして回っている特許のことです。

 そもそも使ってない特許なんで持ってるの?という方もいらっしゃるかもしれませんが、特許権は半数ぐらいは使われずに所持されているものです。ソースはこちら。

https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2023/document/index/0102.pdf
特許庁行政年次報告書より

 一応防衛目的と書いてあるように、特許権を保有する目的は様々ですから、利用率が低いこと自体は別に問題ないでしょう。人間心理として持っているものを手放すのには心理的抵抗が大きいことは行動心理学等々が証明していることです。使いもしないものにお金を払い続けるのはよくあることです。

 しかし、経営企画や財務の観点からは無形資産を活用しないのはけしからんということでお達しがあり、知財部がしぶしぶ特許権のマネタイズを任されることになり、艱難辛苦する際に候補の1つとして挙がるのが開放特許の利用というイメージです。

開放特許を調べるには、公的機関であるINPITのデータベースがあります。こちらおそらく国内最大級。

このサイトだけでマッチングできるものではなく、特許を見つけたらその特許権者に連絡して契約交渉をしなければなりません。INPITは別に仲介はしてくれません。なんなら、マッチングしたかどうかも知らないようです。

そんなこともあり、成約率は大変低いそうです。そもそも自社の特許を開放特許情報データベースに掲載すること自体もハードルが高いです。

なにせ、ある企業の特許を欲しがるのはその企業の競業企業なわけで、みすみす敵に武器を渡すようなことはしたくないでしょう。

しかし、開放特許マッチングで成功しているとされる事例もあります。
それが「川崎モデル」です。
逆にこの事例しか成功例を知りません

こちら川崎市と市内の大企業、中小企業、そして銀行を巻き込んでマッチングイベントを開催し、開放特許等を活用して新製品開発等の新たなビジネス展開を目指すというものです。
マッチング具体例があるのも偉いポイントです。

https://www.city.kawasaki.jp/280/cmsfiles/contents/0000017/17805/shiseidayori.pdf

・川崎市→地域振興になる
・銀行→融資ができる
・中小企業→新しい製品が開発できる
・大企業→使わない特許の使い道ができる
ということで、近江商人もびっくりなwinwinwinwinなわけですね。

絵にするとこんな感じです(著者作成)

開放特許ビジネスモデル

この事例では銀行や地方自治体は登場していませんが、一応ライセンサーとライセンシーだけで成り立つモデルです。

実際には特許ライセンスを受けたからと言ってすぐに製品化できるわけもなく、研究・開発費用がかかります。また、ライセンサーもそもそも権利化費用を負担しており、ライセンシーが利益を上げるまでは特許庁に延々と維持費用を支払い続けるわけです。

どう考えても茨の道なので、社会貢献でやっていることのPRに使われるのが関の山という感じがしてしまいます。


ここで、冒頭のニュースに戻りましょう(前振りが長くてすみません)。
その頭でこのニュースをみると、「あー川崎モデルかー」と思うわけです。
しかし今回は川崎モデルよりも巧妙なようです。
とても匂います。かなりの手練れが裏で絵を描いている様子が。

2.「giraffenap(ジラフナップ)」の劇場型プロモーション

起きていることを時系列で追ってみましょう。

まず、北海道の経済産業局が2021年4月8日に補助金の公募をしました。

中小企業の知財支援イベントをしたら500万円くれるということですね。
これに乗っかったのが北洋銀行さんのようです。

https://www.hokuyobank.co.jp/announcement/pdf/20211026_072540.pdf

2021年11月30日に開放特許マッチングイベントを開催することを2021年10月26日に告知してますね。

ここまでは川崎モデルのパクリといえばパクリですが、それと一線を画すのが、北海道放送(HBC(水曜どうでしょうで有名なHTBではありません))で特別番組を放送するということです。

地方ならではというか、キー局では特許だけでまるまる一時間は厳しいでしょう。すごいことです。

TV放送は10月30日で、知財マッチングイベントは11月30日ですので、イベントの様子を放送するものではないようです。11月30日のイベントの集客のために番組が放送された可能性もあります。

銀行とテレビ局が裏で握っていなければここまでのライセンシー候補の集客は望めなかったかもしれません。これは「シン・川崎モデル」、いや「北海道モデル」と言っていいのかもしれません。



北海道モデル?


この図(著者作成)を見ると、結局経済産業省が出したお金は経済産業省(特許庁)に戻ってきていますね…。

そして、マッチングイベントとTV放送は無事終了します。

そして、2022年7月14日、マッチングに成功したとされる、イトーキと広葉樹合板のライセンス調印式まで開催されます。

https://www.hokuyobank.co.jp/announcement/pdf/20220714_073372.pdf

これ自体もかなり珍しいことですね。経緯は以下のようにあります。

当行主催の知財ビジネスマッチング(2021 年 11 月 30 日北海道札幌市にて開催)において、広葉樹合板とイトーキとが個別商談を行いました。その後、イトーキが保有する開放特許が広葉樹合板の構想していた新商品・サービスに利用できると考え、技術導入についてイトーキの特許発明者を交え意見交換を重ねた結果、このたびのライセンス契約締結に至りました。

https://www.hokuyobank.co.jp/announcement/pdf/20220714_073372.pdf

イベントからライセンス調印式までは8か月程度かかっています。その場でマッチングしたとしても、成功事例でもこれくらい時間がかかるということは考えた方がいいでしょう。

これについてもHBCで動画が上がっています。

また、知りませんでしたがプレスリリースや海外の反応がかなりあったようです。

どちらかといえば、海外の反応は「家に帰ることも許されず、職場で立ったまま仮眠をとらされる劣悪な労働環境の日本」といった反応が多いようです。
海外に限られず、国内でも否定的な意見もあり、賛否両論のようで、そういった要素もこの製品の話題性に貢献しているようです。

さらにそこから一年経過し、今回のプレスリリース(2023年8月1日)に至ったようです。

実際の販売は今年末から来年1月のようです。
この製品の成功はまだ約束されてはいませんが、プロモーションはかなりうまくいっているように思います。テレビ局も巻き込んだ劇場型プロモーションであると感じます。

おわかりのように「開放特許」である必要はないものですが、それをうまく利用してブランディングとプロモーションをしているように思います。

ライセンサーであるイトーキさんはそもそも机とか家具とかの企業ですから、自分でやればいいのにやらない、やれない理由があるということは考えた方がいいと思います。クリステンセンのイノベーションのジレンマ的なことかもしれません。海外の否定的な反応を見ると、そういうことも企業イメージにとってのリスクとして計算されたものだったのかもしれません。

ライセンシーである広葉樹合板さんも木材関係の企業ですので、イトーキさんと取引関係があってもおかしくないです。部外者なので、この製品が一体いつどのように誰に企画されたのかは、謎のままです。

製品についてももう少し掘り下げたいところではありますが、今回は開放特許マッチングがらみのビジネスモデルに注目したのでここまでです。

前川知的財産事務所
弁理士 砥綿洋佑