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森井勇磨「古都に刻んだ足跡」

ボストンで世界の名だたるランナーの中から日本人選手が8位に入った。
だがそれは実業団選手でも大迫傑選手でもない。

一介の市民ランナーである。名前は森井勇磨。多くの駅伝ファンならば彼の名を知っているとは思うが、彼もまた大迫傑選手たちと同じ時代に箱根を駆け抜け、そして彼らとは全く違う形で大きな「花」を咲かせてきた。

実は私と彼は同い年である。そんな彼はどんな「足跡」を辿ってきたのだろうか。

33歳にして初のサブテンを達成した彼は「雑草」だった

失礼ながら、彼がたどってきた足跡は決してエリートと呼べるものではない。私と同学年である森井くん(失礼ながらあえてここでは彼をくん付で呼びたいと思う)の同年代は佐久長聖の優勝メンバーに、上野渉さんや駿河台大学で30歳を越えながらも箱根駅伝を走った今井隆生さんなどがずらりと揃う。

その中で彼がいた学校は全国から名選手が集まる洛南ではなく、公立高校の山城高校。サッカーのオールドファンには記憶に新しいだろうが、釜本邦茂さんや和製フリットと呼ばれた石塚啓次さんなどサッカーの古豪として知られる学校だ。

大学も山梨学院大学。当時はもう東洋大学の時代となっており、90年代初頭にあれほどの強さを誇っていた名門もシードを争うチームとなっていた。
この時、1度留年した4年生に95回大会に10区を走り区間5位タイ相当(この大会では参考記録)という記録以外ではケガに苦しんだ時期も長かった。

決して強い学校ではないながらもきらりと光る何かを持っていた彼は、のちに実業団に入社するもののいずれも顕著な結果を残すまでには至らず退社。

そんな彼が、なぜ今。ここまでの上り龍となってここまでの結果を残すことができたのだろうか。

工夫して作り出してきたアスリートの時間が自己ベストを引き出してきた

現在は京都陸協登録の市民ランナーとして頑張る彼の現在は西京極陸上競技場の運営会社に勤務。競技場の清掃や器具の整備、受付業務などを担う。いわゆる実業団選手とは違い、フルタイムで働きながら練習時間を確保してトレーニングを続けていた。

ちょうどそのころからだろうか。森井くんはインスタグラムやTwitterなどを使い、練習内容などを丁寧に記録してアップするようになったのは。それも常に「どういった目的でしたのか」まで細かく説明している(これから陸上を始めようと思っている子たちにはぜひ彼のSNSを参考にしてほしいくらいだ)

彼からするとそれはいわば練習日誌のようなものだったのだろう。

しかし、そうした几帳面な記載と原谷と呼ばれる金閣寺の近くでのトレーニング、また西☆練と呼ばれる新たな環境での積み重ね……。こうしたものが彼をより強くさせ、そしてファンを増やし彼の快進撃につながっていく。

・舞鶴赤レンガハーフ
・福知山マラソン
・亀岡ハーフ
・京都マラソン

これらの大会をすべて制覇した森井くんは、自己ベストでさえも大きく更新をし、そしてボストンマラソンに「招待選手」として出場することが決まった。

結果は言うまでもない。これまでの自己ベスト2時間14分15秒を大きく塗り替える2時間9分59秒をたたき出して8位入賞。

「100点以上の走りでした!」
彼はSNS上でそう語っているが、得てしてアスリートというのはそういうすべてのことが嚙み合ったうえで大番狂わせを起こすことはよくあること。

今回全てが大きくかみ合った素晴らしいレースだったことは間違いはない。だが、それらの運はすべて彼自身が自らの手で引き寄せたものだ。ここは誤解してはならない。

この記録を樹立する今日まで、実業団選手やプロ選手よりも練習量が及ばなくともできる限りの最善を尽くしてきた。これまで積み重ねてきたことをその日、素晴らしい形で証明しただけなのだから。

彼は「あがいた」のだろうか?

以前、こういう記事を書いた。

実業団選手でいることができる時間はあまりにも短い。それは、いる期間で目に見える結果を見せないといけないから。彼は実業団の選手としては決して目に見えた結果を見せたわけではなかった。

しかし、マラソンという競技を陸上長距離という競技をあきらめることはしなかった。ふと彼のSNSを思い出すと書いてあるのは彼なりの葛藤と同時に、絶対に結果を出すんだという強い意志。

人には見せない葛藤もあるだろう。だが、彼は結果を出すのだという明確な目的意識の中で練習を行い、そして形にした。おそらく彼の中であがいたという認識はないだろう。

むしろぶれないまま、結果が出ることを信じ続けてきた。たとえ実業団を2度退部しようとも。彼は勝てると信じて積み重ねてきた。それが森井くんにとって普通の事なのかもしれない。

一夜にして有名となった彼だが、ここからは更に周囲の見る目も変わるだろう。それも本人はきっと自覚しているはず。

だからこそ今日もまた、彼はぶれずに自らを信じ続けて走ることだろう。これまでと同じように、変わることなく。

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