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田澤廉「零点振動」

世代最強ランナー。田澤廉くんを語るうえで欠かせないのがこの枕詞だ。
走れば必ず区間上位でレースをまとめ、そして年齢を重ねれば重ねるほどその実力は上昇の一途をたどる。

だが、その一方で。私はまだ「田澤廉」という陸上選手の完成形をはっきりと描くことができずにいる。強いてあげるなら…という形で紹介した藤田敦史さんと村山謙太選手を足して2で割ったようなそういうランナーになるという完成形でさえも間違っているとしたら。

いったい彼はどんな選手になってしまうのだろうか。

「まだ」学生最強とは言えない

ここまでの成長曲線はあまりにも順調すぎるといっていい。大学1年生から出場できる駅伝にすべて出場し、大学2年から名実ともに学生長距離界のエースとなった。3年では10000メートル日本歴代2位の好タイムを記録し、そして今年はオレゴンで行われた世界陸上に出場した。

結果こそ20位だったものの、そこで感じた世界との壁を振り払うかのように、駅伝シーズンに入ると体調不良でコンディションが良くないながらも日本人トップの好成績を残した出雲駅伝と圧巻の強さを見せつけた全日本大学駅伝。

学生最強。学生相手には誰にも負けないという田澤廉というアスリートの矜持がそこに透けて見えるのだ。それでもまだ、彼は完成しきっているとは言えない。強く地面を蹴ることができるキック力、それを支えられる強い体幹とフォーム。まだまだ未完成な彼はトヨタ自動車という環境と、恩師でもある大八木監督とのもとでまだまだ進化をしていくことだろう。

「エースとして他を寄せ付けない走りをしたい」を強く意気込む田澤くん。だが、そんな彼でもまだまだ今シーズンは「学生最強」という状況にはない。他校のライバル、そしてチームメイトからは強く意識される存在となっている。それは、彼自身が周囲へと生み出しているさながら振動のようなものだ。

強い影響力

どの大学も口をそろえて「田澤廉」という存在が脅威であるかを示し、そしてどれだけレベルアップをしようとも最終的にそれらをすべて受け止めて打倒してきた田澤くん。
そうしてレベルアップしてきた代表格こそが、近藤幸太郎くんだ。

「自分は及ばない」と語りながらも、全日本大学駅伝でのタイムはたった15秒しか違わなかった。彼が青山学院大学のエースへとのし上がったのも、ひとえに彼という存在がいたからに他ならないだろう。

ほかにも創価大学のムルワくんや東京国際大学のヴィンセントくんもまた、田澤くんとレースにおける研鑽を積み続けた。彼らも今年で最終学年を迎え、そして新しいステップへと踏み出していく。

また、彼に強い影響を受け駒澤大学に入学した佐藤圭汰くんや競技が異なるとはいえオレゴンへと出場した三浦龍司くんといった下の世代にも強い影響を与え続けている。それは、田澤くんが常に上を見続けているからなのかもしれない。

「自分より上の選手と練習してみたいという気持ちはずっとありますね」と語るさまはどこか頼もしい。そして、それは今の彼の中にはいないのだろう。彼よりもタイムに優れ、安定感があり、そして戦える選手である人と練習することが目的であり目標なのだから。その意識が強くなればなるほど、多くのランナーが「田澤廉」という存在を強く意識しそして追い越さんと研鑽を積み続けているのだろう。

それはこれからも続いていくのだ。

かき乱し続ける

そして、最後の箱根。彼は大方の予想を裏切り希望する区間を3区と公言。それは「2区を走れる選手たちが多く出てきたから」と語るが、多くのファンは「2区で走る田澤廉」を想像するはずだ。

また、2区を走るであろう他校のライバルたちも同じように彼との走りを望んでいるかもしれない。しかし、田澤くんにはそんなことどこ吹く風。エースだから2区という自覚よりも「最も自分の実力が発揮できる区間」での走りを追及しているのかもしれない。

だからこそ周囲をライバルと見ることなく、淡々と。一方で、大八木弘明監督に「3冠」という大きな置き土産をするために自らの最善を示したのだろう。そんな飄々とした姿でさえも「お前らなんかに負けない」という強く揺るがない意思を見せる。

決して表情には出さない熱量と強い引力。田澤廉という未だ底の見えない男のことを語るうえで、今言える明確な魅力はそうした未知の部分にあるのかもしれない。

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