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「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那㉒~

東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられる。
”巨大寺院”に入門。
「賢彰」率いる兄弟子集団と、波乱に満ちた修行生活を送る。
心通う少年、「空昊(空)」と出会う。
巨大寺院に訪れた隣国の僧、「碧海」と出会う。

前を歩んでいた碧海は、後方に誰がいるか、すぐに気づいていた。
慧光殿だ。

いつもよりさらに、朝の光を美しく感じる。
ゆっくりと、歩を緩める。
この背中を、見失なわれないよう。

碧海が巨大寺院に留まって以来、3年ほどが過ぎていた。
寺院は平穏さを取り戻した。
自分が為すべきことは、大方達成したと考えている。

一方で、碧海は秘めた自分の想いに、戸惑った。
我はなぜ、あの方に強く惹かれるのか。
御仏は戒を設けている。
この想いは、戒に触れるものなのであろうか。

思索に耽るあまり、
自分の真隣に並んでいることに気づかぬ、慧光の横顔。
碧海は、そっと眺めていた。

勉強会で、他の僧の発言・考えを受け止めながら、活発に発表する姿。
木々の間で、瞑想する姿。
大老尊師へ礼をもった受け答えと、兄弟のように睦ましい空昊との語らい。
その様々な姿を、碧海は見守ってきた。

通常、「思索の歩」にある僧には、一切の遮りをしないことになっている。
しかし碧海は、慧光に声をかけずにおれなかった。
驚き、はにかんだ笑顔を見て、嬉しくなった。

そのまま二人は、ただ歩み続けた。朝陽に包まれながら。

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ある日。
取り巻きも無くなった賢彰が独り、
空昊の心身・人格を傷つける発言と行動を行っているのを、慧光は諫めた。
同時期、慧光は、賢彰が市井より富を得ている決定的な証拠を得た。
大老尊師と碧海尊師に、この事実を報告をした。

碧海尊師は、賢彰に声をかけ、共に大老尊師に目通りした。
三者でどのようなやり取りがあったのか、慧光はわからない。
碧海尊師に伴われ、棟に戻った賢彰は、憔悴しきっていた。
そして、自ら還俗を願い出た。

最後に、賢彰が向けた瞳の色を、慧光は忘れない。
執着、不安、鬱憤、嫉妬、悲観、絶望、足掻き、怨恨。
一方的に向けられた、底知れぬ闇。
同様の闇を空昊にも投げかけ、賢彰は巨大寺院から去っていった。

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為すべきことを終えた碧海は、自らの帰国の日を決めた。
帰国にあたり、深考を重ねた。そして何度も、同じ考えに至る。

碧海は、今や一番弟子となっていた慧光に、
更なる研鑽の機会を得るため、隣国寺院で学ばないかと打診した。
「なんと。碧海尊師。身に余る有難きお話です。」
即座に、歓喜を見せた慧光。
そして伝わる躊躇いと、魂への率直な想い。

碧海尊師、我はどこまでも、貴方と共に生きたい。
共に仏の道を歩みたいのです。
しかし、このように貴方と共にいたい我を、仏は許すのでしょうか。

慧光殿よ。我もどこまでも、貴方と共に生きたい。
共に仏の道を歩みたい。
しかし、このように貴方と共にいたい我を、仏は許すのだろうか。


二人はこれまでも、何度も考えてきた。
仏に、自らにも問うた上で、
碧海尊師は慈しみをこめて一言、慧光に告げた。

「解き放たれよ。」
貴殿も、そして、我も。

慧光は、さらに思い切った表情で続けた。

碧海尊師、実は我は、生まれつき不具者なのです。
この体は、男性であり、女性でもある。
この心は、男性であり、女性でもある。
我は僧である故、生涯誰とも交わることはございません。
しかし、このような我でも、
貴方様と心交わることは許されるのでしょうか。


碧海は、慧光がこれまで経験した辛苦、心の痛みを受け止めた。
さぞ独り、苦しんだことであろう。

のう、慧光殿よ。
不具とは、何ぞ。
不具なものは、この世にあるのだろうか。
貴殿は、”不具”なのであろうか。


我らは、一つぞ。
全てを分かち合ってまいろうでないか。
さあ。解き放たれよ。

二人には、もう迷いがなかった。

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大老尊師が、涅槃に入った。
大老尊師の葬儀は、ごく近い少数で行われた。
業の病であったため、居所であった小屋と共に、遺体は火で浄められた。
明るく、清々しい表情で空昊は言った。
「きれいな、火だなあ。」
大老尊師と一体となった大きな炎は、穏やかであり、力強く。
生前の本人そのものだった。

美しい炎を見ながら、慧光は改めて縁の不思議を感じた。
地方に暮らしたままであれば、ここに立ち、
大老尊師の炎に浄められることがなかったであろう。
空昊、碧海尊師、他の僧達にも、出会うことがなかったであろう。

慧光は、これまでの自分の縁を思い返す。
全ては、必然ぞ。 出会うべき人に出会い、別れて。

別れて。
しみじみと考えるうち、自分が為しておきたいことを一つ。
改めて思い出された。



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