東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられ”巨大寺院”に入門。
心通う少年、「空昊（空）」、隣国の僧「碧海」と出会う。
新たな戒名「光環」を名乗り、故郷への旅に出る。

いつの間にか、微睡んでしまったようだ。
光輝く朝陽に、光環は包まれていた。

茉莉の息子を介し、茉莉達に今一度請う。
「剛充に会いたい。これが今生の別れになるだろうから。」
分をわきまえた茉莉が、頑なに光環の申し出を止める。
この件に関しては、蓮花の父すらも同じだった。

「光環尊師。残念ながら、剛充殿は最早この世の存在ではない。
僭越ながら申し上げましょう。
貴殿はすでに、弟君と今生の別れをされたではありませんか。
どうか、このまま御仏の導きのまま、巨大寺院にお帰りいただき、
隣国の光となられますよう。」

それでも、光環は剛充に会いたかった。
人はいつの瞬間も、必然に導かれ生きている。
どのような決断・行動も、
全ての人にとって欠けざることない経験となる。
光環はどうしても、このまま実家を発つことが出来なかった。

この家に来て、庭を眺めながら使用人とのおしゃべりを楽しみ、
美味しい農作物を無邪気に食べるばかりだった空昊が
この時ばかりは厳しい表情で言った。
「光にいさん。ぼくも挨拶するよ。」
空昊の一言に、茉莉達は、ついに静かに下がった。

光環は空昊を伴い、そっと離れに向かった。
家屋の外からでも、途轍もない陰の気と邪気を感じる。
長い間、食料を運ぶ茉莉の息子以外、
誰も近づかない、近づけない離れに、光環は入った。

そこは、異世界だった。
離れの中はひどく荒れており、人の住まいとは思えなかった。
奥に、正気を失った剛充を見つけた。
哀しみ、絶望、辛苦、恐怖に、絶え間なく咆哮し、
周りを破壊している。自らの体も傷だらけであった。
その姿は、鬼そのものであった。

空昊は、立ち尽くすばかりの光環を、外へ連れ出そうとする。
光環は、想像を越えた剛充の現在の姿に圧倒されるのと共に、
自らの身を守る空昊の逞しき力に驚いた。

左肩に鋭い痛みを感じ、光環は我に返る。
いつのまにかそこに、後方から伸びた剛充の手があった。
鬼のごとく伸びた爪が、容赦なく肩に食い込む。
憤怒に燃える全身から噴き出す、すさまじいばかりの邪気。
その牙は、光環の魂に食らいつき、容赦なく刻む。

怨

刹那、空昊が、剛充の手首を掴む。
一瞬呆けたように、剛充は空昊に気を取られる。
その瞬間を捉え、空昊は光環を離れの外へ引きずり出した。

陽光溢れる戸外の世界に戻れたことだけは、光環は朧げに記憶している。
同時に、自らの魂が、肉体から離脱を始める。
哀しみ、わだかまり、痛み、苦しみ、病も無き、光の世界へ。

光輝く水面。
洋々と広がるは、海だろうか。
蒼と碧が織りなす輝き。

歩み始めた光環を、碧い光がやわらかに包む。

碧海よ。貴殿もここに。

光環。我らは、離れることがない。

光環は、ただ穏やかに包まれていた。
炎は、再び輝いた海となり、波は引いていった。

何日か後。
光環は、蓮花の父母の屋敷で意識を取り戻した。
傍らにいた空昊が、屋敷内の皆に、喜びをもって光環の目覚めを告げる。
その知らせは実家にも届き、茉莉と茉莉の息子が飛んできた。
茉莉は人目も憚らず涙を流し、息子を介すも忘れて光環に話しかけた。

光環は、不思議な旅を経て、この世界に再び戻れたことを嬉しく思った。
自分はこの肉体をもって、生きる必然がまだあることを確信した。

剛充には、我なりに誠意を尽くした。
この時の光環は、そう思うことにし、実家を発つことに決めた。