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職務質問・逆職務質問?

たね太郎(長男)は高校を卒業後、進学のため県外へ引っ越した。
学生寮の近くが有名な観光地だったので、
入学して半年くらいは
日曜の午後にその周辺を散策するのが気に入っていた。

散歩なので、肩掛けバッグにジーパン、
スニーカーという軽装なのだが、
帰路、学生寮のある住宅街の通りを歩いていると
高確率で「職質」に遭っていた。

「キミ、ちょっといいかな」

誰だってふいに警察官に声をかけられれば
思い当たる節はなくても緊張が走るものだ。

当時齢18才の無垢な田舎育ちの少年。

しかもたね太郎は内向的なので、
人と会話をするのも得意ではない。
警察官に呼び止められれば
顔は引きつり目は泳ぎ、返事もしどろもどろになる。

そんなたね太郎の肩にかけられた、
パンパンに膨れ上がったA4サイズのバッグ。

警官の目的はたいてい、それであった。

「中身、見せてもらっていいかな?」

警官の目つきは更に鋭く光り、
たね太郎はさらにしどろもどろになりながら
震える手つきでバッグを開ける。

「あ。」

中身を覗き込んだ警官の目が点になる。


観光地を毎週散策するうちに
彼はお土産屋さんで見つけた味噌煎餅にハマり
散策の帰りにそれを買って帰るのが
楽しみとなっていた。

帰路はその煎餅の袋をバッグに無理に押し込むので
異様に膨らむのだ。


不審者(下着泥棒)と疑われ、
そして味噌煎餅をのぞかれ、

18才春の新天地での思い出は
洗っても洗っても落ちない体操着の
墨汁のしみのようにたね太郎の心に染み付いた。

~**。~**。~**。~**。~**。~**。

うちのすぐ前は駅なのだが、夜は無人になるため
街灯と自販機の灯りに寄ってくる虫の如く
少年たちのたまり場状態になることが頻発した。

真夜中に奇声を発してはしゃぐ彼らに
近隣住民は安眠を妨害されて困っていた。

誰かが通報するらしく、パトカーは来るが、
赤色灯が見え始めると
蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

彼らによるゴミがそこら中に散乱し、
毎朝のようにそれを片付ける駅員も
駅を利用する人々もうんざりしていた。

たね二郎(二男)は今でこそ生計が立つようになったが、
20代半ばの当時、闇の渦中にいた。

夜中まで机に向い、
ひたすら創作活動に明け暮れる日々であった。
先の見えない状態にいつもイライラし、
誰に対しても心を閉ざし、荒んでいた。

ある日の夜中、私が寝る支度をしていると
形相で部屋から飛び出したたね二郎は
すごい勢いで玄関を出て行った。

何事?と思いつつも寝ようと灯りを消すと
窓の外が赤く点滅しているのに気づいた。
そして男性の大声が聞こえた。

そっと外を覗くと
駅前に一台のパトカーと警官が二人。
一人の男を囲んで何やらもめている。

窓を開けてさらに覗き込んでみると
その声が我が二男だとわかり、慌てて私も玄関を飛び出る。

駆けよって声をかけて事情を聞くに、
いつもの夜光虫グループが騒ぎ立てる声に
いよいよキレてしまったたね二郎は警察へ通報。

パトカーが到着する間も待ちきれず
輩たちの一人でも捕まえてやる勢いで
部屋を飛び出したのだった。

ところが逃げ足の速い彼らを見失い、
そこへ駆け付けた警官に職質を受けたたね二郎。

「オレに職質する前にあいつらを追いかけるべき!」

と、今度は警官に喰ってかかっていたのだった。

恥ずかしいからよしなさいと
たね二郎を取りなしていた私だったが、

「どうせいたちごっこなんでね」
半笑いした若い警官にカチンと来てしまった。

「あんたたちがそれを言っちゃいけないでしょ!」

自分でもビビるほど音量が喉から出た。

「やったって無駄って、そんな気持ちで
何が警官の職務なんですか⁉
あんたたちのお仕事は何なのですか!
彼らはいたちじゃありません!」


「お母さん、もうええって」

我に返るとたね二郎が私を取りなしていた。

~**。~**。~**。~**。~**。~**。

それから5~6年経ったある日、
弟たね吉夫婦たちと集まって夕げを囲んでいた。

思い出したようにたね吉が、自分の職場へ転勤して来た部下の
その着任の挨拶で語ったという話を始めた。

それは新米の頃に言われたある言葉が
心の隅にずっとあって、思い出すたび
今も凹んでしまうというエピソードだと。

話を聞くうちに
私の記憶に符号するフレーズが。


「え…?」

私がいぶかしそうにすると

「おや?」

不敵な笑みを浮かべるたね吉。

たね吉の職業は警察官。
着任して来た部下とはあのとき、
私が𠮟りつけた若き警官だった。


「身に覚えが、あるんだな?」


「いたちごっこってフレーズ、
ヤツは一生使わん、ってよ。」


「・・・」
私はがっくりうなだれた。

「…カツ丼、頼むか?」

呆然とする私にたね吉はしたり顔。

姉ちゃん、半落ち。


たね太郎のシミに似た、
若き日の警官の胸にも墨汁のシミあり。



ひぇぇぇ…ゴメンナサイ!


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