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第一章:Megatrend 2040「食」

「Megatrend 2040」 シリーズでは、今後日本がどうなっていくのか?というテーマのもと、高齢化や労働力不足といった人口動態、量子コンピューティングや AI といった技術など、先行きが比較的予見可能なメガトレンドをベースに9つの産業領域に関する未来洞察を行います。

Megatrend による9つの革新領域

第一章となる今回は、Megatrend における「食」を考察していきます。

世界の人口増加と環境負荷による食料需給懸念や、食料価格に含まれない社会コストが浮き彫りになりつつあるなかで、農業の製造業化や再生型農業の浸透、またサプライチェーンのデジタル化がこれらの課題解決につながる可能性を探ります。

顕在化した社会課題

食料不足

食産業が抱える大きな課題の一つに、「食料不足」があります。令和3年度の農林水産省の調査によると、世界の人口は開発途上国を中心に2050年には86.43億人に達する見通しであり、世界人口を養うための食料需要量は58.17億トン(2010年の1.7倍)となり、23.78億トン増加することが分かっています。

この需給においては、需要サイドでは世界人口の増加や所得の拡大等の要因により、グローバル規模で一人当たりの穀物や肉、魚の消費量が増加し続けることが予想されます。一方で供給サイドでは、現状の畜産や養殖は生産物の何倍もの穀物や魚粉によって賄われていることから、需要に対するタンパク質供給量が追いつかなくなると推測されています。

農林水産省による「2050年における世界の食料需給見通し」(下図)では、所得階層別の将来人口に占める低所得国の割合は2010年度から2050年度にかけて、2010年度の38.4%から8.4ポイント増加して46.8%、所得階層別の GDP の変化に占める低所得国の割合は、2010年度の10.6%から2050年には23.5%となることが予測されており、開発途上国の急激な経済発展が大きな背景となっていることが読み取れます。

2050年における世界の食料需給見通し『令和3年3月 農林水産省 世界の食糧自給の動向』より Magic Moment 作成

食料システムの社会コスト

食料システムは食料を生産、加工、流通、消費するための一連の活動を指しますが、食料システムには市場取引価格に反映されていない隠れたコスト(外部不経済)が存在します。

例えば外部不経済には、生産や流通過程で排出される温室効果ガスなどの環境コスト、高カロリーだが栄養素を含まないエンプティカロリーの摂取による健康コスト、児童労働やアンフェアトレードなどがあります。

2021年の国連食料システムサミットの科学グループは、現在の食料システムの中心的な問題の1つとして、上記のような有害な食料コストの多くが市場価格に反映されていないこと、またこれらの外部性や市場の失敗が、自然環境の破壊や労働者の低賃金、食料不安、病気やそれに伴う早死などの意図しない結果を現在や将来世代にもたらす可能性を指摘しています。

また、同グループによると、食料システム全体の隠れたコストは年間19.8兆米ドル(約3000兆円)と推定されており、これは現在の世界の総食料消費量(約9兆米ドル)の2倍以上にあたるということです。UNFSS(国連食料システムサミット)の科学グループによって実施された最新の分析では、外部性を考慮した実際の年間コストを以下のように見積もっています。(下図)

外部性を考慮した真の年間食料コスト『The True Cost and True Price of Food. A paper from the Scientific Group of the UN Food Systems Summit Draft 1 June 2021』より Magic Moment 作成

とりわけ人間の生命コストは隠れたコストが大きく、これには心血管疾患や糖尿病のリスクが含まれています。また、次に大きい環境コストは次に述べる水資源の枯渇に行き着きます。

環境と健康の外部性『The True Cost and True Price of Food. A paper from the Scientific Group of the UN Food Systems Summit Draft 1 June 2021』より Magic Moment 作成

水資源の枯渇

食料不足に加え、水資源の枯渇も懸念されています。経済協力開発機構(OECD)は、適切な政策が実施されなければ、淡水の入手可能性はさらに逼迫すると予想しています。結果、2050年には、特に北アフリカ、南アフリカ、南アジア、中央アジアを中心に世界人口の40%の約40億人の人々が深刻な水ストレスのある地域で生活することになると指摘しています。

こうした水資源として利用可能な水量は、降水量の変動等によって変化し、大雨・干ばつ等の異常気象、また将来的な懸念では人為的な要因による酸性雨や地球温暖化等の気候変動が与える影響が考えられます。

また、水資源不足には農業用水も関係しています。国連が発表したデータ(UN World Water Development Report 2014)によると、水使用量の形態別では、農業用水が突出して多く、約7割近くを占めていることが分かっています。しかし、先述の OECD のデータによると、世界の水需要は、製造業(+400%)、火力発電 (+140%)、家庭用 (+130%) による需要の増加により、約55%増加すると予測されていて、このシナリオでは灌漑用水の利用を拡大する余地はほとんどないと指摘されています。農業の効率化の継続と排水処理への投資が引き続き求められるでしょう。

日本も水不足と無縁ではありません。食料や工業製品の多くを海外からの輸入に頼っていることから、世界最大の仮想水(輸入した食料や工業製品の生産にかかった水資源を自国で生産した場合に必要となる水)輸入国と言われており、他国の水資源を消費している現状を問題視する声も少なくありません。

社会課題の解決に向けた取り組み

農業の工業化(垂直農業・水耕栽培)

従来の単一栽培では、広大な土地が必要でした。一方で垂直方向に積み上げる垂直農法や、土を使わず水と液体肥料で育てる水耕栽培は大規模な耕作面積を必要としないため、土地の確保が困難な大都市圏での食料増加に対応できる再生型の生産方法として期待が高まっています。

実際に日本でも法人が経営の主体となり取り組みを行う団体が出ています。

玉川大学の「LED農園」という植物工場では、太陽光の代わりに LED光源を利用し光環境を自由に変えることで栄養価を高めたり、野菜の成長をコントロールすることができるようになっています。また、この農園では農地を平面に利用せずビルの室内で農地を縦方向に垂直農法で作り、場所を確保することで、外部環境に影響されない安定した農業を行い、通年同じ価格で農作物を提供しています。

玉川大学のLED農園(出典:玉川大学)

玉川大学は完全閉鎖型の施設内で LED を光源とした作物を栽培する「完全人工光型植物工場」の研究を進めていて、農耕地拡大のための自然環境破壊や労働力不足、食用自給率の低下などの諸問題に取り組んでいます。

昆虫食の普及

農林水産省のデータによると、食用の牛肉を1キログラム生産するためには飼料(とうもろこし)が11キログラムであり、豚肉では6キログラム、鶏肉では4キログラム必要とされています。また、1キログラムのとうもろこしを生産するためには、灌漑用水として 1,800 リットルの水が必要となるため、タンパク質を家畜に頼ることによる環境負荷が懸念されています。

一方で日経新聞によると、食用のコオロギは1キログラムあたりに必要な飼料が2キログラムというデータも出ており、家畜に比べて環境負荷が小さく、水不足の軽減、脱Co2 を目指すための代替食として注目されています。昆虫食は、豊富な栄養素をもち、再生産が容易かつコストが安いことから市場拡大が見込まれていて、国内では2022年に大手企業の参入が続いています。

無印良品が「コオロギせんべい」を EC限定で発売したり、ニチレイが国内昆虫食EC の先駆者である TAKEO と業務資本提携を結んでいます。

コオロギせんべい(出典:無印良品)

しかし、注目が高まる一方、反発の声も出ています。東洋経済ONLINE によると、徳島県の小松島西高校でコオロギパウダーを使用した給食を出したことが報じられると、「食料問題を考える契機に」「日本初」といったポジティブな声があった他方で、「コオロギの安全性や衛生面は大丈夫なのか」「アレルギー対策も十分ではなかったのでは」など厳しい声も殺到しました。

昆虫食の一般化に向けて、国として使用する際の法律やガイドライン整備が進んでいない段階であることが論点として浮上した形になります。

未来に起こりうる可能性

気候変動対策としての再生型農業の浸透

再生型(リジェネラティブ)農業は農地の土壌をただ健康的に保つのではなく、土壌を修復・改善しながら自然環境の回復につなげることを目指す農業です。再生型農業は、輪作や混植による土壌への Co2 貯留のみではなく、農業従事者の省力化や土壌に生息する生物の多様性が促せるなどさまざまな面でメリットが多く、アメリカやヨーロッパで推奨され、日本でも広く取り入れられていく可能性があります。

リジェネラティブの方法論は漁業・水産領域でも注目を集めていて、魚を獲りすぎないようにする資源管理のほか、海の健康にあたる議論が進んでいます。藻が吸収する Co2 である「ブルーカーボン」をクレジット化する制度なども立ち上がり、国内では福岡市が「福岡市博多湾ブルーカーボン・オフセット制度」を実施しています。

また民間では、再生型農業のアプローチを取るスタートアップが登場しています。産経新聞によると、北海道に拠点をおく「ユートピアグリカルチャー」では、北海道大学農学部の内田義崇教授との共同研究で、酪農を通じて土壌回復・廃棄資源の循環に取り組んでいます。昨今のサステナブル消費への意識の高まりから、今後国内でも取り組みが活発化する可能性が見込めます。

新たな農業資材、遺伝子編集による生産革命

消費者のニーズが多様化する中で、生産者視点で開発、生産、販売を推し進める従来のプロダクトアウト型ではなく、消費者ニーズに基づいたマーケットイン型の「消費者向け種子ビジネス」が新たな市場領域として広がり始めています。

育種に関連する次世代シーケンサーの開発や、解読された膨大な DNA情報などをコンピューターを用いて高速解析し、有用な遺伝子などを特定する技術が実用化され、参入障壁が低くなったことで生物の遺伝情報や整体内での発現・代謝メカニズムが急速に解明されつつあります。日経新聞によると、日本には約50の種苗メーカーがあり、育種AIの技術開発に投資が進んでいることから、今後の育種ビジネスにおける競争激化の様相が伺えます。

食料物流のデジタル化による需給最適化と廃棄ロス削減

個別最適ではなく、フードチェーンの全体最適化を図る視点が重要視され、食品に関わるデータの可視化と共有の仕組み構築が急がれます。

日本総合研究所によると、商品やサービスの需要に応じて価格を変動させるダイナミックプライシングの仕組み構築を実現し、効率的な売り切り、見込み製造の減少に取り組む事例も出ています。サプライチェーンにおける期限別在庫管理の最適化と食品廃棄物の低下を図るために、食品メーカー側で期限情報をもつコードを付与し、小売側で期限情報別に在庫を管理することなどが期待されています。

例えば、コンビニエンスストアのローソンでは、ダイナミックプライシングの試験的な導入が進んでおり、商品に電子タグをつけることで賞味期限直近の商品を特定し、賞味期限に合わせた価格がデジタルのプライスカードに表示される仕組みになっています。

これらの事例をもとに考察すると、今後は流通・在庫状況を見極めつつ、食品在庫の BtoB での取引、期限の近い食品の BtoC での販売といったフードシェアリングに取り組むこともできるでしょう。

無印良品では、家庭で食べられずに余っている食品を店頭で回収し、NPO団体を通じて食品を必要としている人に届ける取り組み「フードドライブ」を実施しています。フードロス削減への取り組みに賛同した食品メーカーなどから協賛価格で提供された商品を、最大97%オフで消費者へ販売するショッピングサイト「Kuradashi」を運営するスタートアップ企業の登場や、廃棄ロス削減に向けた取り組みを進める企業が増え、今後も市場拡大していくことが見込まれます。

次回

今回は「食」をテーマに、産業が抱える食料需給懸念や市場価格に織り込まれない外部不経済などの課題に対して、再生型農業の浸透や遺伝子編集による生産革命、需給最適化に向けたサプライチェーン改善が解決策として市場で注目されていく可能性を解説しました。

次回は「医療」について考察していきます。

少子高齢化に伴う医療制度の持続可能性の揺らぎが浮き彫りになりつつあるなかで、先進医療の発達や人々のライフスタイルに対する意識変化がこれらの課題解決につながる可能性、産業に与える中長期の影響を探ります。