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第四章:Megatrend 2040「地方創生」

「Megatrend 2040」 シリーズでは、今後日本がどうなっていくのか?というテーマのもと、高齢化や労働力不足といった人口動態、量子コンピューティングや AI といった技術など、先行きが比較的予見可能なメガトレンドをベースに、9つの産業領域に関する未来洞察を行います。

Megatrend による9つの革新領域

第四章となる今回は、Megatrend における「地方創生」を考察していきます。

若年層を中心とした地方から都市部への人口集中やそれに伴う自治体の財政悪化、企業の廃業、インフラ老朽化などの諸問題が浮き彫りになりつつあるなかで、人々や企業の地方移転への関心の高まりやマッチングサービスの浸透が、地域活性化につながる可能性、また社会に与える中長期の影響を探ります。

地方を取り巻く人口流出・経済・財政問題

世界的な都市人口の増加・若年層の都市部への流出の懸念

2018年の国連の調査によると、東京の都市人口は 2025年まで世界第1位の予測となっており、埼玉県や千葉県、神奈川を含む 1都3県には日本の総人口の約3割が住んでいるなど、都市への人口集中の度合いは世界の中でも特に高くなっています。

日本に限らず、世界でも都市人口は増加し続けていて、2050年には世界の都市人口の割合は 68%に達すると予測されています。一方で、世界人口は増加傾向にあるにも関わらず、農村人口は既にピークに達し、今後は減少していく見込みで 2050年には約31億人になると見込まれています。

世界の都市人口の推移『United Nations World Urbanization Prospects 2018』より Magic Moment 作成

この人口動態をより詳しく把握するうえで、地方在住者の都市部への移住傾向を見てみます。LIFULL HOME'S 総研の調査研究レポート「地方創生のファクターX」によると、各都道府県の 2万人近くを対象とした移住の意向に関する調査では、若年層ほど移住の意向が高い傾向にあることが分かっていて、都市部への人口の集中がより懸念されている状況です。

また、移住の意向と Uターンの意向においては、-0.295 と強いとは呼べないものの逆相関の関係にあることが示されています。つまり、地元を離れたいと思っている人が多い地域では東京圏から Uターンしたいと思う若者は少なく、 地元を離れたいと思う人が少ない地域ほど東京圏へ出た若者が Uターンを希望するという関係にあることが分かります。

これらの状況から、今後都市部に比べて、地方の高齢化はより進んでいくと思われます。内閣府の「令和4年版高齢社会白書」では、2045年の 65歳以上人口の割合は首都圏で 30%台であるのに対し、地方では 40%を超えると予測されています。

道府県別高齢化率の推移『内閣府(2022)令和4年版高齢社会白書』より Magic Moment 作成

このような地方における人口減少と高齢化の進展の結果として、地域経済・産業の担い手不足、コミュニティ維持の困難などの問題の深刻化が懸念されています。

地方自治体の財政悪化とインフラの老朽化

人口減少の著しい地方自治体では財政構造の収支の均衡が崩れ、インフラ補修費が捻出できないなどの財政悪化の事態に直面しています。

総務省によると、今後は高度成長期に整備した社会インフラの老朽化が急速に進んでいくことが示されています。2018年から 2033年までの社会インフラの老朽化の推移の予測では、道路橋は約25%から約63%へ、河川管理施設は約32%から約62%へと、建設後 50年以上経過する施設の割合が加速度的に高くなると見込まれていて、社会インフラの老朽化により、維持・更新コストの負担の増大や重大事故の発生が懸念されます。

深刻化するインフラの老朽化『国土交通白書 2021』より Magic Moment作成

市税や地方交付税などの通常の歳入で賄えない地方自治体もあるなか、公債償還基金の計画外の取崩しや行政改革推進債・調整債の発行などの「特別の財源対策」といった改革を進めている自治体も多くあります。

しかし、こうした対策による借金は実質的には将来世代へ負担を先送りしているという問題もあります。

後継者不足等の要因が中小企業の廃業に影響

経済産業省の「事務局説明資料」によりますと、中小企業では経営者の高齢化が進んでいることが示されていて、2025年までに 70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者が 245万人 となり、うち約半数の 127万(日本企業全体の 1/3)が後継者未定な状況にあることが明らかになっています。

中小企業経営者の年齢推移『経済産業省 事務局説明資料』より Magic Moment作成

また同調査では、現状を放置することで中小企業・小規模事業者廃業の急増が進み、経営者が 70歳を越える法人の 31%、個人事業者の 65%が廃業すると推定されています。結果、2025年までの累計で 650万人の雇用、22兆円の GDP が失われる可能性も示されています。

継承者の不足を理由に廃業せざるを得ない企業も存在しています。東京商工リサーチ(TSR)が保有する企業データベースによると、2021年における休廃業・解散した企業は全国で 4万4,377件にのぼり、統計を開始した 2000年以降で 3番目の高水準になっています。また、休廃業・解散、倒産件数が上位の年は直近に固まっており、より一層の生産性向上が求められていることが分かります。

地方の活性化に向けたトレンド変化

コロナ禍以降の人・企業の地方への関心の高まり

リモートワークなどの新型コロナウイルスの感染防止対策がコロナ禍で促進されるなど、個々人の働き方が変化してきたことで、ビジネスのオンライン化も進んできました。

このトレンドにおいて、オンラインでの職場環境を導入しやすいホワイトワーカーを中心に、リゾート地などに滞在しながら仕事と休暇を両立させるワーケーションが広まりつつあります。

特に、居住選択の自由度が高まったことで、支出が少ない地方で生活をしながらも、完全な移住ではなく都心に拠点を残す「2拠点生活(デュアルライフ)」の動きも加速しています。実際に、一般社団法人不動産流通経営協会が 2021年に実施した調査によると、調査時点において複数の生活拠点を持っている人は約535万人、またその意向がある人は約691万人と推計されています。

複数拠点生活の実施者・意向者のボリューム『一般社団法人 不動産流通経営協会 複数拠点生活に関する意向調査』より Magic Moment作成

この需要に対して、地方も 2拠点生活者や移住者の誘致に向けた取り組みを進めています。日本経済新聞によると、日経グローカルが 2023年2〜4月に行った全国市区アンケート(回答802市区)において、411市区が何らかの形でワーケーション誘致に取り組み、うち 117市がワーケーション施設を整備済みと答えているとのことです。

大都市から小都市へ移動する潮流は個人に留まりません。企業においても本社機能の地方移転など、これまでの都市化と逆の意識変化が広がっています。帝国データバンクの調査によると、21年に首都圏から本社や主要機能を地方に移した企業はスタートアップなどを中心に 351社で、前年(2020年)より 20%を超える増加となっており、これまで最多だった 1994年を大幅に上回っています。

また、首都圏で転出超過となるのは 2010年以来11年ぶりとなっています。これらの要因として、少子高齢化や人口流出に悩む地方の活性化を目的とした政府や自治体による優遇税制や補助金といった支援策、またはテレワークが普及・浸透したことで首都圏におけるオフィス維持のメリットが薄れてきたことなどの前向きな移転需要が挙げられています。

首都圏の企業転入・転出動向(2021 年)『帝国データバンク 特別企画:首都圏・本社移転動向調査(2021 年)』より Magic Moment作成

大手企業においても地方移転の事例が出てきています。ITmediaビジネスオンラインによると、人材派遣大手のパソナグループが 2020年に本社機能の一部を段階的に兵庫県の淡路島へ移転することを発表したことを契機に、24年5月までに本社勤務社員の 3分の2に当たる約1200人が淡路島に転勤する体制を目指し、島内にオフィスや社員寮を整備しています。

また、同社はシングルマザーの支援やインターナショナルスクールの誘致などの子育て環境の整備、テーマパークや観光物販店、ホテルを多数経営するなどして、淡路島の活性化にも取り組んでいます。

パソナワーケーションハブ志筑 オフィス(出典:ITmediaビジネスオンライン)

また、読売新聞オンラインによると、2022年には NTT が社内業務が中心の総務や経営企画部門といった本社機能の一部を東京・大手町から、群馬県高崎市と京都市に移す試験を始めたということです。

オフィス整備費用の一部を補助する制度を設けるなどしながら受け入れを促す自治体も増え、今後も企業の移転が地方の活性化につながる可能性が見込まれます。

副業人材マッチングサービスの勃興

副業を解禁する企業の動きが次々と進んでいることなどを背景に、大都市で働くビジネスパーソンを「副業人材」として地方企業に橋渡しする企業や自治体の取り組みも活発化してきています。

これらの流れを人材サービスを提供する各社や自治体が後押ししています。例えば、リクルートが提供する「サンカク」や、パーソルイノベーションが提供する「lotsful」など、自治体と企業が一体となってマッチングを生み出す取り組みが増えています。

今後、副業人材の知見を融合し、都心のビジネスパーソンが地域のものづくりなどのビジネスに参画する機会を提供することで、人手不足の解消や地元が持つ観光資源のビジネスチャンスへの転換といったことが期待されます。

また、後継者がいない中小企業・小規模事業者の事業継承を促進するため、事業をしたい人と事業を譲渡したい事業者を結びつける事業継承マッチングプラットフォームを開発・提供する自治体も登場しています。例えば日本経済新聞によると、山口県が独自のマッチングサイトを構築し、規模を問わず県内の全ての事業者が無料で後継者候補を探せるように促進する取り組みを実施しています。

テクノロジーや投資環境の変遷による地方創生の未来

インフラの予防保全への転換に向けたテクノロジーによるコスト削減

今後、インフラが大きく損傷してから修理・修繕する事後保全型から、インフラが致命的なダメージを受ける前にメンテナンスを重ねる予防保全型へと転換が進んでいくことが見込まれます。

インフラの事後保全・予防保全イメージ『国土交通省 インフラメンテナンスにおける取り組むべき項目と当面の進め方(案)説明資料』より Magic Moment作成

予防保全型への転換に向けては、国土交通省が「国土交通省 インフラ長寿命化行動計画」を策定するなどして、取り組みを促進しています。インフラの不具合が軽微なうちに予防的なメンテナンスを繰り返すことで、インフラの健康寿命を延ばすことを目指しています。

日本経済新聞及び国土交通省によると予防保全に取り組むことで、2050年ごろにかけて、将来のインフラ維持管理・更新にかかるコストを約3割縮減できると見込まれています。

予防保全型のインフラメンテナンスへの転換を本格的に進めていくためには、AI やドローンなどの新技術を活用した点検の高度化・効率化を推進し、メンテナンスに係るトータルコストの縮減・平準化を図っていく必要があります。事実、国土交通省においても、新技術の活用は、業務の効率化や創意工夫によるコスト縮減などの効果が期待できると見込んでいます。

こうした技術には、GPS が利用できない桟橋下や狭い空間、夜間でも点検作業が可能な点検診断ロボット(ROV)や AI による自立飛行と 3Dモデルの活用が可能なドローン、機械学習を用いた高度な画像認識によって下水道の欠陥を自動認識するロボットの活用などが見込まれています。

下水道管路の欠陥を画像認識技術により自動検出するロボット(出典:日本下水道事業団)

また、テクノロジー活用に欠かせないデータの利活用に関しても、今後は自治体横断的に活用可能なインフラデータプラットフォームの構築が必要になってきます。

国土交通省によると、規制改革推進会議においても、データの活用を念頭に置いた上での登録項目やデータ形式の設定、関係者間でデータ共有可能な仕組みを構築することが大切だとされています。今後、災害時の避難シミュレーションや最適なヒートアイランド対策の実現等、行政サービスの高度化や新しい産業、サービスの創出の実現も期待できます。

地域経済の活性化に向けた投資環境の変化

地域の起業率向上を目指す創業ファンドや廃業率の減少を狙う事業継承ファンド、地域課題の解決に取り組む CSVファンドなどの地方創生ファンドを通じた地域活性化の動きが今後益々進んでいくことが予想されます。

例えば、京都市に本社を置くフューチャーベンチャーキャピタル(FVC)は、全国の地域金融機関とともにファンドを組成し、金融の側面から地域経済の活性化を推し進めています。

FVC では、必ずしも IPO を目指さない企業に対しても資金を投入しています。必要な経営支援を行いながら企業を成長させ、一定程度の安定成長期に入った段階で、経営者や取引先などに株式を売却することで投資を回収するなどしていて、企業に関しても伝統文化やインバウンド、地域スポーツや農業など幅広く支援しています。

また、野村アセットマネジメントでは、地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)の仕組みを活用した寄附スキームを展開していて、同社の「TASUKIプロジェクト」では、対象ファンドの売残高に応じた収益の一部を、地方公共団体が実施する SDGs関連事業に寄附するなどしています。

地域の金融機関は、少子高齢化や地方における人口減少などによる構造的な経営基盤の悪化や超低金利環境による収益性の低下などの問題を抱えていますが、今後自治体やこうした取り組みとの協力によって、地方創生の担い手になっていくことが期待されます。

次回

今回は、地方から都市部への人口集中やそれに伴う自治体の財政悪化、企業の廃業、インフラ老朽化などの諸問題から人々や企業の地方移転への関心の高まり、人材マッチングなどの企業や自治体の取り組みを紹介し、将来的なテクノロジー及び投資の側面から地方創生が進む可能性を考察しました。

次回は「物流」を考察していきます。EC化と資源循環ニーズがもたらす物流の複雑化に対して、労働供給に制約がかかっていくことが見込まれるなかで、拠点再配置と自動化により持続可能な物流システムの構築が進んでいく可能性を探ります。