【少年小説】「ぼうくうごうから」④
険しい斜面を上ってしばらくすると山道に出た。
父親はそこを右に曲がってなだらかな上り坂をゆっくりと歩いていく。
途中、山ツツジを見つけると、父親はゆきおのためにひとつとって「吸ってごらん、甘いで」と差し出した。
ゆきおはラッパを吹くような格好をして、すっと吸い込んでみた。近所のツツジに比べて味が濃くて美味しかった。
「うまいか?」
父親は素早く3つくらいを立て続けに吸っていた。
ゆきおも自分からもうひとつもいで吸おうとしたが、気づいたらべとべとした樹液のようなものがついていた。
それでも自分で蜜を吸ってみた。満足した。
ゆきおは枯れ枝をひろってべとべとした樹液のようなものを擦り付けて捨てた。
父親は機嫌良さそうに山道から覗く5月の山や遠く見える景色を見ながらゆっくり歩いた。
しばらくすると、父親は松がしげる斜面をよじ登った。
「ゆきお、これん、ぼうくうごうだで」
父親が手を出して待っている。
ゆきおはその手につかまると、父親に引っ張りあげられた。
そこには円筒形にくりぬかれたような空間があった。
「戦争中はな、ここに兵隊がいて、ここから海を見てアメリカの飛行機が来るのを見張ってただで」
…海を?ゆきおは少し戸惑っていたが、海がここから見えるのか?と思い、気持ちが高まった。
「とうちゃ、こっから海ん見えるだかね?」
「ああ、めーるよ」
父親はゆきおの後ろに回ると、目線をあわせてしゃがみ、指をさして言った。
「あそこん御前崎だで」
父親の人指し指の先を見た瞬間だった。
何かが光った。
「あっ」
「めえたか?」
快晴だったが、遠くは少し霞がかかったように、はっきりは見えなかったが、ゆきおは確かに海面の光の反射を見たと思ったようだ。