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時評2023年9月号

「女性」の場

 濱田美枝子『『女人短歌』小なるものの芽生えを、女性から奪うことなかれ』が書肆侃侃房から出た。一九四九年から約五十年間にわたって刊行されてきた季刊誌「女人短歌」の軌跡を辿ったもの。殆ど予備知識がないまま手にとったのだが、雑誌の中身だけでなく当時の社会情勢や歌壇の動向についての丁寧な解説があって、読んでいて気後れしない。誌面からの引用歌が多かったのもよかった。

 全五章のうち、第四章「五島美代子と『女人短歌』を牽引した歌人たち」は歌人論として五島、長沢美津、山田あき、生方たつゑ、葛原妙子を取り上げているが、他の章に比べ圧倒的な紙幅が割かれている。「女人短歌」自体の論考よりも歌人論が前に出るというのが些か妙に映るものの、著者の相当の熱量を感じさせる筆致に引き込まれた。それは後世へ語り継ごうとする意志の強さでもある。

 五島は、本書で特にフィーチャーして語られる人物だ。著者によると、「女人短歌」の「精神的支柱」として当誌の在り方を明示し、「草創期の土台を築いた第一人者」、それが五島だという。五島は「女人短歌会」の話が上がった際、「女人」と限定することに強く反発している。その理由は、自身が戦時下からすでに男性と伍して活躍していたという経験から、男性と女性で対等に競い合うことを求める考えをもっていたからだという。

 「これからこそ私達を自由自在に詠はしてください。さうすれば、短歌ほど民衆の、殊にをんなの感情をありのままに反映しうる、民主的芸術様式はない筈だ」。これは当誌創刊について論じた第二章の中で引かれている五島の文章だが、この直後には本書の副題ともなった件の言葉が続く。女性が、殊に男性の求める女性らしさを強いられた時代にあって、このように「ありのまま」に歌を詠む必要性を説く意義は大きかったと考えられる。

 また当時は女性が集まって「場」をもつことに対し、じつにさまざまな批判が向けられていたようだ。これについて著者は、歌壇の意識が男性優位だったからこそ、「女性歌人が充分に力を発揮できる場」(女人短歌会)が必要だったと主張する。ただし最終的に、この意義や必要性がなくなっていったことにより、雑誌は終刊を迎えるのだった。

 しかし、どうだろうか。様態は違えど、「女性歌人が充分に力を発揮できる場」はいまこそ根強く求められているのではないか。そう考えたのは、「大手小町」のウェブ連載「女が叫ぶみそひともじ」が単行本化され、『うたわない女はいない』として世に出たことによる。「働く三十六歌仙」による作品八首と働くことについてのエッセイを収める。

冷えきった中指で売るひとまわり小さな「女性用」の実印  橋爪志保

洗い場に食器はこれでもかと溢れ兵どもが何とかの跡  西村曜

淡雪の五か月、されど 五人しかゐない会社のわたしの育休  石川美南

 「女性用」の印鑑がひとまわり小さいという観察、洗い場に溜まる皿に「兵ども」をみる視線、五人のみでやりくりする育休。それぞれの歌が一体となり、社会の影をより神妙に、シビアに浮かび上がらせている。

(狩峰隆希)