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#8[特別編]上原寿香さん/camino natural Lab(山梨県北杜市)

camino natural Labの上原寿香さんは、山梨県北杜市で耕作放棄地を100年続く森にする「Rewildingの森」という活動をしています。私がその森を初めて訪れたのは2023年の春。森の3種の野草から植物香水を仕立ててもらったのですが、この体験が衝撃で……。詳しくはテキストを見ていただくとして、その感動から、八燿堂が刊行する『mahora』第6号への寄稿を依頼したばかりか、sprout!のインタビューにも出ていただくことになりました。森をつくるとは、どういう行為なのか。たっぷり語っていただきました。

編集・取材・構成=岡澤浩太郎/八燿堂
写真=中緒公志 (except ***)

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■プロフィール 上原寿香(よしか)/camino natural Lab
長野県・軽井沢町出身。スピードスケート実業団、星野リゾート、丸山珈琲、サントリーウイスキー蒸留所を経て、蓼科ハーバルノート・シンプルズの萩尾エリ子氏やガーデンデザイナーのポール・スミザー氏らから学ぶ。2014年、camino natural Lab開業。100年後を見据えて耕作放棄地を再野生化=Rewildingし、森の循環を呼び戻しながら、その環境下の畑「フードフォレスト」で育んだ植物を使った野香茶や植物香水などを提供している。


※インタビューのダイジェスト+αはポッドキャストで公開しています


耕作放棄地を森に戻す

岡澤浩太郎(以下、岡澤) camino natural Labは「Rewildingの森」というコンセプトを掲げていますよね。これはどういう考えなんでしょう?

上原寿香さん(以下、上原さん) 「Rewilding」は直訳すると、「再野生化」、つまり、自然を呼び戻していく方法のひとつです。
「Rewilding」という言葉自体は1960~70年代から国立公園とかが取り組んでいる研究のひとつなんですが、私はその言葉がすごく気に入っていて。自然に対して再野生化するだけでなく、人に対しても同時進行で再野生化しようとしています。

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写真はcamino natural Labのある「Rewilidingの森」の風景から。想像力を大事にしてもらいたいため、今回はキャプションによる説明を省略して掲載します

岡澤 おお、人を再野生化する!

上原さん はい。これからは、大きい動きを期待するより、個々でできることをどんどんやっていくのが大事になる時代になってくると思うんです。
私自身、大々的なことをやっているつもりはなく、小さい歯車をどれだけ回していけるかに重きを置いていて。日々暮らすなかでも、どんな変化があるか、100年後や1000年後はどうなっているか、と想像しながら生きています。

岡澤 camino natural Labが発行している冊子には「100年後を見据え、進めています」と書かれていますよね。現在は山梨県北杜市の元・耕作放棄地を再野生化していますが、どんな作業から始めたんですか?

上原さん この土地にそもそも何があるかをぬかりなく調べました。私よりはるか昔から先住民みたいに生息している植物たちや、土壌もPH値を計って。
そうすると、土の性質が見えてくるんです。地上部に「雑草」と呼ばれる植物がいたとして、でもその植物にもちゃんと名前や特徴や性格があって、なぜそこに群生しているのかを調べていくと、すべて意味があるんです。どういう環境になっているかは、植物が教えてくれる。酸性土壌が好き、日なたが好き、水が溜まりやすいところが好き、という植物は、そこにいるわけです。

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上原さん 現在は意図的に入れ込んでいる植物もありますが、当初はそこにあるものをどう生かすか、どう継続できるかに重きを置いて、設計図面を書きました。

岡澤 設計図面ですか。

上原さん 「5年計画」「10年計画」ってよくやりますよね。実際にそういう感覚で図面をつくったことがあったんですけど、もう、違和感しかなかったんですよ。10年後だって、できているわけがない。100年後も、ちょっと違う。「もっと先のスパンの話だな」と思って、300年後に設定したら、しっくり来ました(笑)。

岡澤 先ほどの「100年後を見据え」という言葉は、「300年後に向けた最初の100年」という意味合いでしょうか。

上原さん そうですね。ここは耕作放棄地になる前、人間が暮らすことで開拓され、畑がつくられたことが想像できる場所です。開拓をした時点で、森という環境の生態系が一度壊されていることになりますが、一度壊れた生態系をもとに戻すには「1億年かかる」と言われているんです。そんなの無理ですよね(笑)。
でも、人間が100年生きると仮定して、次の世代につなぎながら1000年後、2000年後を思い描いたうえで、「最初の100年間は私が責任を持ってやる」と。そうしたら、たとえ1億年かかるとしても、人間が手を添えることで短くなるかもしれないじゃないですか。例えばここなら、実際に、4年目にフクロウがやってきたんです。

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岡澤 すごい! 猛禽類がいるということは、獲物やその食草があるということですよね。

上原さん はい。そうやって、耕作放棄地を100%畑として使っていくのではなく、徐々に森に戻す、お返ししていく感覚で――それを「Rewilding」と言っています――実験を繰り返しながら次の100年に伝える、最前線の現場として進めています。

コラム:世界のRewilding

松田法子「ブックガイド2:再野生化(リワイルディング)について」(『生環境構築史』サントリー文化財団)によると、「Rewilding」(再野生化)という言葉はアメリカの環境保全活動家のデイヴィッド・フォアマンによる造語で、1990年から公に使われた。2000年代以降、生態系の生物多様性を安定的に最大化する手法として欧米を中心に広まっている。

Rewildingの実践地は多いが、共通する考え方には以下が挙げられる。①自然に対する人間の活動を最小限に留め、②生態系の自律的作用による復元・発展を望むこと(②には絶滅危惧種の動物の個体数回復なども含まれる)。

例えばオランダのミルリンガーワールト湿地では、農業と堤防の建設によって環境が破壊され、カワウソなどの在来動物種に深刻な打撃を与えていた。これを受けて1990年には農業を中止、堤防を撤去し、コニック(馬の一種)やギャロウェイ(牛の一種)を放牧した結果、生態系が回復し、水質改善や洪水緩和にもつながった。

また、北米では1900年代半ばまでにオオカミが一掃されたため、例えばアメリカ・イエローストーン国立公園ではコヨーテやシカ科のエルクが増大し小型動物や植生に影響を与えていた。そのため同公園は1995年に公園内にオオカミを放った。その結果、エルクに食べられていた水辺のヤナギが成長し、ビーバーが復活するなど生態系の回復につながった。

いずれも動物の存在がポイントのひとつになっており、上原さんの場合、フクロウが到来したことが重要なサインだったことがわかる。なおRewildingのその他の例には、イギリスのクネップ・キャッスル・エステート、ヨーロッパ各地で活動する団体「リワイルディング・ヨーロッパ」の活動、ロシアの更新世パークなどがある。

(参考:Gui-Xi Young「再自然化(Rewilding)―自然は最善の方法を知っている」(一般社団法人バードライフ・インターナショナル東京)、菊地薫「欧州で広がる「Rewilding」。長い年月をかけた取り組みに一体どのような価値があるのか?」(『NATURES.』NATURE SERVICE))


1000年の森の1日

岡澤 上原さんが日々どんなことを感じて森をつくっているのか知りたくて、八燿堂から刊行している『mahora』の第6号に綴っていただきました。日記のような感じで4つの場面を選んでもらいましたが、これは?

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