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あの有名なショコラティエのチョコレートを70個以上もらった話

今年もバレンタインデーが近づいてきた。
この時期になるといつも思い出すことがある。有名なあのショコラティエと、僕ら夫婦の間に起こった忘れがたい出来事を。

~事の発端~

もう12年ほど前のことだ。

あらかじめ言うと、この話はバレンタインのエピソードではなく、厳密にいえばホワイトデーのエピソードということになる。

僕は、妻から貰ったバレンタインデーのお返しを選んでいた。

妻は無類のチョコレート好きで、お返しにはチョコレートの一種であるギモーヴ(マシュマロをチョコレートでコーティングしたやつ)を買おうと思い、かの有名なショコラティエである「ピ〇ール・〇ル〇リー〇」に向かった。当時働いていたオフィスから徒歩で10分とかからない距離感だ。

店にたどり着くと、バレンタインを過ぎた時期で、しかも平日だったこともあってか、さほど行列はできていなかった。
僕は予定通り、ギモーヴ4個入りを購入し、自宅に帰る。

ただそれだけの、何のことはない買い物であったはずだった。
しかし、今思えば、あの瞬間から僕らは大変な事件に巻き込まれていたのだ。

~異変その1~

自宅に帰り、「ピ〇ール・〇ル〇リー〇」の紙袋に入ったチョコレートを手渡す僕。喜んでくれた妻は、食事を済ませると待ちかねたようにその箱を開けた。

…すると、妻の顔色が変わり「えっ?」と小さく声を上げた。

どうしたの?

そう聞くと、妻は黙って箱の中身を僕に見せてくれた。

…あれ、

4個入を買ったはずなのに、
1個しか入ってない。

…これではバレンタインデーのお返しとしてはあまりにお粗末に見えることだろう。僕は慌てて釈明した。

ぼく「…いや4個入り買ったんだよ」

つま「うん、分かるよ。…レシート持ってるなら電話してみたら?」

日ごろ、あまりクレームの類は入れたくない性格なのだが、これは自分の食べ物を買ったのではなく、あくまで妻への贈り物のつもりで買ったものだから、このままで済ませるのもいかがなものか。

クレームというよりも、4個分のお代はすで払っているから、足りない分を次の日にでも受け取りに行く…ということだけ伝えたいと思い、妻の言う通り電話に電話をかけた。

幸い、すぐに電話がつながった。
事情を告げたら店員さんが「えっ?」と驚いた声を上げる。
…まぁそりゃそうだよね。

ぼく「明日にでもまたお店行きます。その時にレシートをお見せするので、足りない3つを頂戴できたらと思います。自分の職場も近いですしすぐ行けますから」
店員「とんでもないです、新しく4個入ご用意します。いま手元にあるものも気にせずお召し上がりください」

…おや?
むしろちょっとラッキーな流れじゃん。
チョコ1個分得したなら、イライラする必要もないよね。

妻にその旨を告げると「じゃあこの1個も明日一緒に食べようよ」ということになり、その日はぐっすりやすむことにした。

~翌日~

仕事終わりに店舗を再訪した僕。

名前を告げると、お店の人がわざわざカウンターから出てきた。
店員「この度は申し訳ありませんでした」
ぼく「いや…全然怒ってないですよ」
実際、4個の値段で5個ギモーヴが買えたなら文句あるはずもない。

むしろ、さすが一流のショコラティエだけあって、トラブル対応もしっかりと板についているという印象を持って、そのままルンルンと帰宅したのだが…。

靴を脱いで居間に入ると、妻が待ちかねたように
「なんか、ピ〇ールから荷物届いてるんだけど」
というではないか。

段ボールを開けると、
・銀座店の店長さんのおわび状
・チョコレートの詰め合わせ(24個入りくらいのやつ)
が入っている。

・この度はご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません
・今後はこのようなことがないように云々

おわび状の要旨

我が家は妻のチョコレート好きもあって、このショコラティエには会員として顧客情報を登録しているので、住所が把握されていることは不思議ではなかった。

それにしてもなんというスピード感。僕が電話をかけたらすぐさま発送の対応をしなければ、翌日にこの荷物が届くことはないはずだ。トラブルが生じたときの初動のお手本のようだ…と僕は心の底から感心していた。

いや、でも、うーん…何か、かえって申し訳ないことしたかなぁ。
だって、現時点で、4個分のチョコの代金で30個近くのチョコレートをもらった計算になってしまう。

少し逡巡したが妻と相談し、「お詫びの気持ちを突っ返すのもアレだし、ありがたく頂くことにしよう」ということになった。

しかし、僕たちは気づいていなかった。
実は…事件は全く解決していなかったのだ。

~異変その2~

その日の夕食を終えて、いよいよギモーヴを食べようという話になった。

もともと4つのギモーヴは妻へのプレゼントのつもりだったが、余分にもらえた1個は、せっかくだから僕がいただくことにした。

さぁ、食べようか。

紅茶を入れて、いただきますをして、

やわらかいマシュマロにコーティングされたカカオの風味がたっぷりのチョコレートを味わうべく、ぱくっとかみついた。

…ん?
噛めない。

1日おいたせいか、ちょっと固くなっているのかもしれない。

そう思い、
もう少し強くかみついてみる。

が、噛めない。

今度は全力でかみついてみる。

が、まったく噛めない。
むしろ歯が折れそう。

いや、噛めないことよりも何よりも、あの有名なショコラティエならではの豊潤な味わいが、舌に残らない。

その時点で、やっと気づいた。

「1個入り」だと思っていたその箱の中に入っていたのは、
ゴム製の見本だったのである。

異変に気付く妻。
「これ、ゴムだわ」と伝えたら、大爆笑。

…うん、わかるよ。

でもいったん落ち着いてくれ。
君からしたらめちゃくちゃ面白いのかもしれないけど、ゴムを必死に噛んでいた当事者としては、さすがにちょっと気持ちの整理がつかないのだ。

妻の笑いがようやく収まると、自然、
「でも、どうしたらいいのこれ・・・?」
という話になった。

もともと、1個入りのチョコならお店に返しても廃棄するしかないだろうと思い、ありがたく頂戴したのだが、手元にあるのはギモーヴの見本であり、お店のショウウィンドウに必要なものなんじゃないだろうか?だとしたら、すぐに返してあげないとまずい。

…とはいえ、
これ以上僕が店に顔を出すと変な風に顔を覚えられそうで気まずい。
そう話すと、妻が
「だったら私が行ってくるよ」
と言ってくれた。

~その週末~

妻は銀座にあるそのショコラティエに行った。
人気店なので行列がずらりと並んでいるが、買い物をしたいわけではない妻は彼女らの白い眼をかいくぐって店舗にグイッと潜り込み、「実は…」と言って見本を手渡した。

妻曰く、
「店員たちは一瞬手を止めて、びっくりしてお互い顔を見合わせていた」
とのこと。

今思えばそれもそのはずだ。
ギモーヴはチョコレートの中ではサイズの大きいほうだが、それでも一口で食べてしまおうと思えば不可能ではない。そんなチョコレートの見本が本物であるかのように紛れ込んでしまったのだから、下手すれば誤飲→事故につながりかねないわけで、結構なインシデントである。

が…先方がどれだけ驚き、どれだけ深刻に事態を受け止めたかはさておいて、結果として僕らは何の被害も受けていないし、いやむしろ24個入りのチョコもらってるし、被害者どころか相当の受益者の状態である。

ゆえに、
「十分にお詫びの品は頂いたのでお気遣いはなさらないでください」
と、妻は言い残して自宅に帰ってきてくれた。

そして、この話は下手したら一生語りつがれるエピソードになるんじゃないか、みたいな話をして、僕らは眠りについた。

~だが話はまだ終わらない~

その週末が明け、僕はいつも通りの仕事を終えて帰宅した。
玄関のドアを開けると、出迎えてくれたのは、顔色を変えた妻だった。

ぼく「どした?」

つま「なんか、ピ〇ールから荷物届いてるんだけど」

・・・いやいやいやいや、
そんなはずあるわけほんまや!

そこには、
前回届いたものより一回り大きい段ボール箱が置いてあった。

いったい何が入っているのだろう?
恐る恐る開けると、

・前回より偉い人(営業統括部長)からの自署つきお詫び状
・前回より一回り大きいチョコレート詰め合わせ(48個くらい)

が入っていた。

・この度の一連の不祥事には、社員一同あり得ないことが起こったと驚愕しております
・眞山様及び奥様には何度も銀座店に足をお運びいただきうんぬんかんぬん
・今後はこのようなことが起こらないよう全社を挙げてうんぬんかんぬん

おわび状の要旨

~結論~

僕は、ギモーヴ4個分の値段でギモーヴ4個とチョコレート詰め合わせを2個ゲットしてしまった。チョコレートの数をカウントしたら76個である。まともに買おうとしたら2万円はくだるまい。

なお、それらのチョコレートは訪れた友人やら親戚やらと分け合いながらなんとか食べ切った。

言うまでもなく、チョコレートはどれも絶品であった。

~エピローグ~

推察するに、事態を重く見た銀座店の店長は、起こったことを迅速に営業本部に報告し、指示を仰いだのだろう。
ほろ苦い(チョコだけに)バッドニュースを躊躇なく共有したのであれば、店長は素晴らしい判断をしたし、組織だったトラブル対応は見事というほかない。

結果、このトラブルを経て僕らはますますピ〇ール・〇ル〇リー〇が大好きになった。

妻に至ってはくだんの銀座店で訪日中のピ〇ール・〇ル〇リー〇ご本人に対面し、写真を撮ってもらって、箱(ハート形のアルミ製のやつ)にサインまでもらって帰ってきたことがある。

もっともサインといっても名前ではなく「I Love Chocolat!」って書いてあるだけで、傍から見ると本人が書いたかどうかすら分からんのだが…。

さらには数年後に旅行でブリュッセルを訪れたときにはピ〇ール・〇ル〇リー〇本店にも立ち寄らせていただき、バラマキ用の土産として大量に買って帰らせてもらった。

結果的に2万円ほどのお詫び賃を費やすことで、僕らからさらなる購買を勝ち取ったピ〇ール・〇ル〇リー〇。あっぱれでしかない。

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