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「三単現のs」って何ですか?

こんにちは。ここでは身近に感じやすい理数(数学や物理)・言語(英語)系の記事を書いていこうと思っています。言語系の第1回目は英語の「三単現のs」について書いてみます。
思った以上にここでつまづいて英語が苦手になる人がいるそうです。確かに学校では「とにかく三人称単数現在形では動詞の末尾にsをつけるんだ」としか聞きませんが、意味が分からない上に複数形のsとも混同して余計に混乱してしまうように思います。もしかすると「なんで三単現だけsがつくのかわからない」という、あまり本質的ではないことがきっかけで英語が苦手になってしまった人もいるかもしれませんね。ここでは理屈がはっきりわかるように説明していこうと思います。

「英語」の歴史

私たちが今習う「英語」は、当然ながら「現代の英語」です。でも、日本語でも現代日本語と古文(上代日本語)では全然違うことからわかるように、同じ言語でも千年以上も離れていればもはや別の言語です。では、古代の英語、「古英語」とはどのようなものだったのでしょうか。
実はヨーロッパの言語は共通祖先があります。これを「インド・ヨーロッパ語族」といいますが、漢字ではインドを「印度」、ヨーロッパを「欧羅巴」とそれぞれ書くことから、略して「印欧語族」とも呼びます。以下では印欧語族と呼ぶこととします。

印欧語族の系統樹

印欧語族の中で、英語はゲルマン語と呼ばれる中分類に入ります。実はヨーロッパの言語はほとんどが印欧語族に含まれるので、どれも英語と遠い親戚であるものがほとんどなのです(※例外としてバスク語のように印欧語族に含まれないものもあります)が、英語と最も近い関係にある言語は同じゲルマン語であるドイツ語です。

では、ドイツ語では「三単現のs」はどうなっているのでしょうか?ここでは、ドイツ語の動詞から「kommen」(コンメン、英語の「come/来る」)、を例に考えてみましょう。
ドイツ語では、代名詞の主格(正確には第1格と言います)はそれぞれ、「私」は「ich」(イッヒ、英語の「I」)、「あなた/君」は「du」(ドゥー、※英語では「thou/汝」という現代では使われない代名詞が該当します)、「彼/彼女/それ」は「er/sie/es」(エァ、ズィー、エス、英語の「he/she/it」)、「私たち」は「wir」(ヴィァ、英語の「we」)、「あなたたち/君たち」は「ihr」(イーァ、※英語では「ye/汝ら」という現代では使われない代名詞が該当しますが、「ye」も目的格が「you」という私たちがよく知る形です。yeは主格、所有格、目的格がそれぞれye, your, youとなります)、「彼ら」は「sie」(ズィー、英語の「they」)ですから、まとめると以下のようになります。
英語とドイツ語の代名詞の比較

英語とドイツ語の代名詞の比較

では、動詞の変化がどうなるのか見ていきましょう。

英語の「come」とドイツ語の「kommen」の活用比較

ここでまず気になる点としては、「『thou comest』って何?」ということでしょうか。通常習う英語ではここは「you come」となりますが、実は中世の英語では「thou comest」が正しい形でした。複数形の「ye」と単数形の「thou」が混同されていき、最終的に現在の「you」に落ち着くのですが、もともと「thou」は、二人称単数現在形の「st」を伴う動詞でした。いわば「二単現のst」です。
同じ形はドイツ語にも見ることができます。ドイツ語では英語よりはるかに複雑に動詞の形が変わるので、ich, du, er/sie/es, wir, ihr, sieの全てで語尾が変化するのですが、英語の「thou comest」にはドイツ語の「du kommst」が対応します。どちらも同じ「二単現のst」がついていることがわかります。
同じように考えると、英語の「三単現のs」には、ドイツ語の「三単現のt」が対応します。
ここでは書きませんが、ラテン語由来であるロマンス語族であるイタリア語、スペイン語、フランス語(※フランス語は表記のみですが)でも同様に動詞の活用は複雑に変化します。

とはいえ、これでも納得できない人もいるとは思いますので、実際に古英語の活用を見てみましょう。こちらが実際に古英語の「cuman」(現代英語の「come」)の活用です。

英語と古英語の動詞の活用比較
「þ」は現代英語の「th」と同じであるため、þからsに音価が変わったことになる。

この古英語の活用が単純化されて残ったのが、「三単現のs」なのです。

まとめ

ですので、ここで冒頭の質問に答えることにしましょう。「三単現のsって何ですか?」という質問には、印欧語族が複雑に動詞の活用を変化させてきたことの名残であると言えます。そして「なぜ三単現だけsがつくのか」という質問には、「三単現だけが特別なのではなくて、他に動詞にもすべてついていたが、英語では三単現のsを除いてすべて消滅してしまったから」がその答えとなります。

英語は他の印欧語族と比べると活用がとても単純なのですが、英語が世界共通語となっているのは単純さが理由ではなく、単に歴史的に大英帝国が世界の覇権を掌握していたからです。実際、英語以前にはフランス語が世界の今共通語でしたし、それ以前はラテン語でした。ここでは触れませんが、ラテン語の活用はあまりにも難解で、覚えるのは至難の業ですから、それを考えると現代の私たちが学ぶのが英語でよかったと思えるかもしれませんね。(記事終わり)


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