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【コンプレックス女子たちの行進】第7話(最終話)ーなめくじ字女子 リョウコの場合ー

第7話(最終話) なめくじ字女子 リョウコの場合

先輩のハヅキに婚約報告したら、じゃあお祝いしようとリョウコをレストランに連れて行ってくれた。
ハヅキは最近妊娠したようで、そのお祝いもかねてふたりで会ったのだ。
先に結婚生活を進めているハヅキの話を聞くと、旦那さんのことがとても好きなんだなとわかるし、幸せそうで、ハヅキのように自分も幸せな結婚生活を築いていけたらいいなとリョウコは思った。
ハヅキと別れてから帰り道、文具屋さんに寄って、新しいペンを買った。
そのときに備えるペンなのだ。

数カ月前、ショウタにプロポーズされた。
久しぶりに地元に一緒に帰っているときに、学生時代によく通った河川敷を歩きながら、昔懐かしい話をしていたときに、どういう話の流れか忘れたけれど、「俺ら結婚しない?」と聞かれたのだ。
ショウタと付き合って半年しかたっていなかった。
でも、断る理由がなかった。
ショウタと再会するまでに、リョウコは様々な男と恋愛をしてきたが、とんでもないクズ男だったり、女好きで浮気性な男などで幸せな恋愛があまりできていなかった。
ショウタは昔から知り合いだったからこそ、付き合い当初は気恥ずかしさもあったのだが、どんな奴なのかも知っていたので、付き合っていくうちにこれまでの男たちでは感じられなかった安心感に気づいた。
躊躇することなく「そうだね。喜んで」と答えた。

もともとリョウコとショウタは大学のダンスサークルコンテストで知り合った仲間だった。学生時代のころは、大学も別だったし、それぞれ別の相手と恋愛をしていたから同じダンス仲間としてしか意識していなかった。
しかし、社会人になって数年立って久しぶりに再会したときに、急接近することになった。
再会は同じダンスサークル仲間の結婚式に参列したときだった。
新郎の受付係をしていたショウタが芳名帳に書いたリョウコの字を見て
「その字覚えてる。相変わらず字が踊ってるリョウコじゃん」
と言ってくすっと笑った。
笑うとくしゃっとなる顔に見覚えがあり、数秒だれだったかと考えたあと
「あ!!ショウタじゃん!! ひさしぶり!!」
ダンス仲間のひとりだと思い出した。
披露宴後、二次会に参加したときに席がとなりになって、ショウタとゆっくり話す機会があった。二次会ではなつかしさも相まって、すごく盛り上がった。お互い地元から離れ、上京して就職している組だったので、また東京でもごはん食べに行こうと約束したのが付き合いを深めるきっかけだった。
ふたりで会うようになってからは展開が早かった。
呼吸が合うというのだろうか、テンポが合うというのだろうか、学生時代のときに一緒にチームになってダンスしていたときの一体感、仲間としての信頼感というものを思い出した。それが恋愛関係になっても続いていた。
そんな感覚はこれまで付き合ってきた男たちには感じられなかったフィット感だった。

プロポーズされた後、それぞれの両家に挨拶にいき、結婚準備をすすめる。両家顔合わせをし、新居探しをし、いつ籍をいれようかと考えていたときだった。ちょうど付き合って1年になる記念日に籍をいれようとふたりで一緒に決めた。
それまでにいろいろ準備することはあったのだが、
リョウコはひとつ気になっていたことがあった。
それは自分の字の汚さだった。
日常生活で仕事で作成する書類しかり、パソコンやスマホで文字を打つことが多くなり、手書きで文字を書く機会がめっきり減っているから、無視し続けられた自分のコンプレックスだったのだが、
ショウタと入籍日を決めたタイミングで、婚姻届を提出する必要があるなと具体的にイメージしたときに、猛烈に気になり始めたのだ。
「なめくじがのたうち回ったような文字で婚姻届を書くのはとても恥ずかしい」と。
そんなことをショウタに話すと
「えぇ、リョウコ自分の字について、そんなに気にしてたんだ!それ俺、はじめて知ったよ」
と驚いていた。
リョウコとは対照的にショウタは字がとてもうまかった。
サラサラと書くメモ書きも、丁寧に書く文字に比べると少し崩れているとは言え、もちろん書いていることの判別ができるし、それぞれの文字の大きさや配置のバランスが整っているのだ。
婚約してから、ショウタの母親からよく贈り物が届くようになった。「地元でとれた美味しいフルーツだから、ふたりで食べてね」というようなメッセージが贈り物と一緒に添えられているのだが、その便箋に書かれたショウタの母親の字も達筆だった。
婚姻届に【妻】となる欄にリョウコのなめくじ字と【夫】となる欄にショウタの美しい字が並列されることを想像するだけで気持ちがしんどくなる。
役所に届けてしまえば、もう、手元には残らない書類といえば書類なのだが、それでも羞恥心というものがある。夫婦になることを証明する届けが夫のほうが字がめちゃくちゃ綺麗で、妻の字がめちゃくちゃ汚いというのはつらい。
昔からリョウコは他の人に自分の手書きのノートを見られるのが恥ずかしくて嫌いだった。また学校で教師に当てられて黒板に問題の解答を書かされるときも辛かった。自分の汚い字がクラスメイト全員の目にさらされるのだ。
「リョウコの字って男みたいな字だよね」
「女の子なんだからさー、もう少し字丁寧に書いたほうがいいよ」
そんな言葉をずっと投げかけられてきた。
学生を卒業してからは、仕事でパソコンを使うことが多くなったから手書き文字を他人の目に触れられる機会はずいぶん減った。
そんなコンプレックスを刺激されるような機会もなかったのだが、まさかこのタイミングで気になることが起こるとは……。
「入籍まであと数カ月あるわけだし、練習してもいいんじゃない?自分の名前と住所くらいは」
ショウタはそう提案した。
「たしかにね。やるだけのことはやってみてもいいね」
「そうだよ。字を綺麗に書くのも反復練習なんだよ。ダンスと一緒で」
思い立ったら、行動するのみ。

本屋さんでペン習字のテキストを買った。
ひらがな、カタカナ、漢字とよく使うものから、練習する。見本があり、それをなぞるように字のバランスを覚え、そこから空いたマス目に文字を見本に倣って書いていく。小学生に戻ったような気分だ。
そんな地道な作業を数カ月続けた。
日常生活でよく使う自分の名前とショウタの苗字、住所を反復練習する。しばらくすると、自分のくせ字が完全に治ったわけではないが、以前に比べて字のバランスが整うようになった。
宅配便の伝票を書くとき、荷物受け取りのサインなど、他人の目の前で文字を書く心理的負担が少し減ったような気がする。

そして入籍日前日。
リョウコとショウタは数週間前から新居に引っ越しして、一緒に暮らすようになっていた。
お互い独身最後の夜だねと言いながら、一緒に記念の晩御飯をつくろうと、ふたりでキッチンに立っていた。
共同作業だねといいながら、ふたりで作業を分担する。
ショウタが思いついたように、部屋のオーディオから、音楽を流しはじめた。
軽快でアップテンポなリズムのBGMが流れる。
「お~めっちゃ懐かしい!!あれじゃない! コンテストの時のダンスナンバーじゃん」
リョウコとショウタはふたりして体を揺らして、リズムに乗りながら、料理を進めていく。
ふたりがダンスグループで踊ったナンバーがメドレーとして流れ続けている。
煮込み料理を煮込んで待っている間、ショウタは軽くステップを踏んでいる。
ご機嫌な料理、ご機嫌な共同作業。
料理ができあがり、ダイニングテーブルに続々と並べていくリョウコ。
作り終わって、用済みになったキッチン用品を洗っていくショウタ。
「そろそろ乾杯の時間だよ~」
冷蔵庫からキンキンに冷えたビールをショウタが持ってくる。
「あ、ハヅキさんからお祝いでペアグラスもらったの。それ使おう!」
プシュ、コポコポコポッ。
シュワシュワと白い泡が上がっていく。
「かんぱーい!!」
チーンとグラスとグラスを鳴らした。
ふたりでつくった料理をたらふく食い、ビールも何本か開けたら
独身最後の晩餐が終わった。
「婚姻届、今から書く?」
リョウタが尋ねる。
「今このタイミングは嫌だよ。まだ酔いが回ってるし。片付けてお風呂入ったら書こうかね」
「緊張の一瞬ですな~」
リョウタがおどける。
「もうやめてよ~。プレッシャー」
「本番に強いリョウコねぇですからな。キレッキレッに踊るリョウコ」
「字が踊っちゃったらだめなんだよ!」

熱い湯舟につかりながら明日夫婦になるんだと思う。
ショウタとの出会いと学生時代の思い出、短い間だけど付き合っている中でデートしてきた思い出を反芻していく。
「あぁ幸せだ~」
バスタブの中にあるお尻の位置を前にずりずり進めながら、口元まで湯に浸かり、ぶくぶくする。
洗面台で歯磨きしているショウタが「溺れるなよ~」と言った。
「溺れそうになってもショウタが助けてくれるもん」

お風呂から出て、髪を乾かして、パジャマ姿のすっぴんになった。
「酔いは少しさめた~?」
ショウタもお風呂から上がってきて、冷蔵庫から炭酸水を取り出してごくごく飲んでいる。
「うん、大丈夫だと思う」
「では、例の儀式をば!」
「互いの独身生活に終止符を打つ集大成」
テーブルに座り、婚姻届を見る。
証人欄にはすでにお互いの親のサインがされていた。
あとはリョウコとショウタが記入するのみだ
先日、この日のために買った新しいペンを取り出す。

隣に座ったショウタが
「なんかさ、今お互いに、パジャマ姿で、リラックスした格好で我々は夫婦になるのだと証明するものを書くっていいね」
と言った。
「…どういうこと?」
「かしこまりすぎず、素のまま、ありのままで、等身大でさ。そういう格好で、結婚の誓いの署名っていいじゃない」
「肩肘をはらず、家の中ではリラックスできる場所、安心感がある場所をふたりでつくってきたいね」
「もう、つくれてるよ。われわれ多分」
「そっかだから、結婚するんだもんね。そういえば、ショウタからのプロポーズもあまりにも会話の延長過ぎて、演出なんてなかったもんね」
「やっぱり、ロマンチックな演出必要だった?」
不安そうにショウタが尋ねてくる。
「いやいや、しなくていい。私そういうの憧れてたわけでもないし」


「今回さ、リョウコがこだわっていたから、見守ってたけど、俺はリョウコの文字がへたくそでも、うまくても、どっちでもいいんだ。リョウコのありのままを俺は受け止めているし、その姿勢はこれからも変わらない」
「……ありがとう。今回は私の美意識の問題だったから。やっぱり夫婦になりますという証明を少しでも真心こめて書きたかった。それのために大事な数カ月だったんだ。たとえ、自分の名前と住所を書くだけにしても」

リョウコは
目の前のにある婚姻届の記入欄に注意深く、自分の名前と住所を書き始めた。
何度も何度も練習した。
まだ綺麗というほどではないけど、以前よりはずいぶんマシになったと思う。
隣でショウタが息をのんで見ている。
「ねぇ、緊張して書き損じちゃうから、見ないでよ~」
リョウコがそう言うと
「ごめんごめん。気になっちゃって」
ショウタはリョウコの手元から目線を外した。
部屋はしんと静まり返っていて、リョウコがカリカリと書くペンの音がかすかに響くのみだ。

しばらくして
「できた!」
【妻】となる人欄の必要箇所に記入を終えた状態で
リョウコはショウタの目の前に婚姻届を置いた。
「おぉ!真心こもってるわ~。俺も丁寧に書こう。あ、ペン貸して」
ショウタはリョウコからペンを受け取る。
そして、【夫】となる人欄に名前を書きはじめた。
一角一角を丁寧に書いていく。
すべての欄が書き終わった。
「「おぉ!完成!」」
書きあがると妙なテンションになる。
「写真撮る? あれ、みんなやってる、婚姻届の文字を1文字ずつ囲むように結婚指輪と婚約指輪並べるやつ」
「あー、やっちゃう? 私指輪とってくる~」
「じゃ俺、楽しく撮影できるようにノリノリのパーティーチューン流す」
「はははは、なにそれ~」
軽快なメロディーが流れる。
自然と体が動くショウタとリョウコ。
パジャマ姿で踊りだす二人。

婚姻届。
ただの紙切れといえば紙切れ。
そんな紙切れだけど真心をこめたく、昔から抱えていたコンプレックスに向き合った。
字だけじゃない、
たぶんこれからの結婚生活も人生も
うまくいかないことだったり悩むこともあるだろう。
そんなときに振り返りたい
このふたりで踊ったパジャマダンスパーティー。
真面目過ぎず、リラックスしながら等身大で臨んでいきたい。

明日
夫婦になります。

ショウタ  リョウコ





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