見出し画像

一通の手紙

ある認知症で施設に暮らす男性のもとに一通の手紙が届いた。
「村田(仮名)さん、お手紙来ているよ・・読める?」
と女性スタッフが男性の部屋に入ってきた。
「えっ・・わかんない」
「もし良ければ読んであげようか?」
黙って頷く男性
「じゃぁ、ゆっくり読むからよく聞いていてね、わからない事とかあったら聞いてね、いい? うん、じゃぁ読むね」
封を切り、一度男性に手紙を見せた後に、ゆっくりと丁寧に読み出す。

“こんにちは、元気ですか?
孝です。わかるかな?突然の手紙驚いたかもしれないけどごめんなさい
私の事、私が知っているあなたの事を少しお話ししたくてこの手紙を書いています。“
「孝(仮名)さんだって、誰かな?わかる?」
「知らない」
「そうかぁ‥誰だろうね・・続けるね」
時々思い出してくれることがあるようですが、あなたには志津子さんという奥さんがいて、志津子さんとの間に一人男の子がいます。‥それが私です。
「あっ、息子さんみたいだね、良かったね、わかる?」
「息子?」
「うん、そう息子さん!わかる?」
「・・・・弟?」
「息子さんだよ、孝さんだって・・」
「孝さん?・・・・へぇ〜」
「思い出した?」
「もう何年も会ってない・・へぇ〜」と理解しきれない様子
女性スタッフは男性の背中を優しくさすりながら続ける
“正直、小さい頃のあなたとの思い出はあまりなくて・・あなたの実家へ
あなたのお兄さんの子供がいた事もあり遊びに行ったり、泊まったり・・・
あなたが港湾関係の仕事をしていたので、横浜大桟橋は顔パスで大きな船が入ると見に連れて行ってもらったり、「あのタラップはお父さんが設計したんだぞ」なんて話を聞かされたり、そんな影響もあってか、あの頃の夢は大きな船の船長になるでした。夢は叶わずとも、一級船舶の免許だけはとりましたよ!
「息子さん、船の免許取ったんだって、知ってる?」
「へぇ〜!、船の?ヘェ〜!」
「凄いね!」
「うん、車は散々やったけど、船は出来ない・・」
「今度、息子さんに船乗せて貰いたいね!」
「へへへぇ〜!」と笑顔を見せる。
「読むね!」
あなたは本当に真面目を絵に描いたような性格、私は真逆でした・・
多くの事でぶつかり、お互いを理解出来ない、あなたは私を否定し続け、私もあなたを受け入れようとしない時期が長くありました。
あなたを反面教師のように思い、反発し、道を外し、たくさん迷惑をかけました。でも、それが今の自分を作っているようで、多少なりとも人様の役に立つ事ができるようになっているのも事実ではとの思いもあります。
あなたにとっては、そんなものって話でしかないかもしれませんが・・・
そんな関係でも、時々呑みにも行きましたね・・大体喧嘩になり別々に帰ってくるような状態でした・・
覚えているかな?あなたがよく連れて行ってくれた小料理屋『さがみ』‥
当時あの店に行くのが嫌でした、「つまらない」・「感じ悪い」なんて言って・・
あの頃、あんなに嫌がったのに今、時々一人で行っています・・
そんな自分を、不思議に思います。
女将さんとの会話はあなたのことばかりです。色々心配していましたよ!
「息子さんがね、村田さんがよく呑みに連れて行ってくれたお店にたまに一人で行くんだって・・そういうの嬉しいね!「相模」って言うお店だって」
「ねぇ〜!・・・嬉しい!」
「覚えてる?“さがみ”・・よく呑み行ったんでしょ?」
「さぁ〜??・・飲んでないなぁ〜」
「今はね、・・昔はよく飲んだの?」
「・・・お酒?・・飲んでないと思うよ」
「そう・・(笑)息子さんと呑みたいねぇ〜」
「ふふふっ・・ねぇ〜!」
「今なら喧嘩しないで、仲良く帰って来れるんじゃぁない!」とポンと男性の膝を叩く、男性もニコニコと頷いている。
手紙にはいくつかの思い出話しと近況が綴られている・・・。
男性の中では様々な記憶が浮かんでは消え浮かんでは消えしているようだった。
“また、出来ることなら、二人で呑みに行き、ゆっくりと色々な話がしたいと思います。同じように喧嘩になるのか、肩組み合い帰ってくるのか想像もできませんが、きっと今までとは違った感情で、いい時間を過ごせるように思えます。
近いうち、会いに行きますね・・あなたの息子ではありますが、弟でも、会社の同僚でも構いません・・「おぅ!久しぶり!」と笑顔になってくれれば・・
それで、その笑顔で迎えてくれればそれだけでいいです。
こんな手紙を着ておきながら変ですが、気にしないでください、無理に思い出そうとか、悩まないでください、ただ‘あなたを思う男がいる’とだけ何となくでも感じてくれれば・・それで十分です。“
「村田さん・・お手紙わかった?」
「うん」
「良かったね!はい」
と手渡し女性スタッフは、男性に寄り添い優しく背中を撫でている。
男性は受け取った手紙をじっと見つめ最後の文章を指差し・・・
「嬉しい!」と呟いた・・
“じゃぁ、また・・お父さんへ・・・・孝より”

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?