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宿船のちゅう!

横浜の南区から中区にかけて流れる二級河川で
山下公園から東京湾へと注ぐ中村川と言う川がある・・
周辺には横浜橋商店街、横浜市立大学病院、日本三大ドヤ街で有名な寿町、
元町、中華街などの繁華街もある・・

私が通っていた小学校も中村川の比較的近くにあった・・
学校の裏手には商店街が、そのさらに裏には遊街が・・昭和33年に赤線が廃止されて表立って遊郭は存在しなかったが、まだその名残はあった・・
またその近くにはドヤ街と決して良い環境とは呼べない・・でもその街周辺の雰囲気もそこに暮らす人々も人情味があり、私は好きだった・・・
それは今も変わらない・・・

小学校の同級生でよく遊んだ友達に荒井と言う坊主頭のちょっと小太りで喧嘩っ早いヤンチャ坊主がいた・・
乱暴者だが根は優しく思いやりのある男だった・・

奴と仲良くなったのもある事がきっかけで取っ組み合いの喧嘩をした事からだった。

なんの時だったかよく覚えていないが、
校庭の水飲み場で水を飲んでいた時、私の次に順番を待っていた荒井が・・・

「あぁ〜喉が渇いた・・早く!早く!早くしろよ〜!」と騒いでいた・・
「うるせいな!順番なんだから待ってろよ!」
と嗜めると、それが気に入らなかったのか

私が水を飲み出した時に、後ろから頭を叩くと言うより勢い良くグッと押し込むよな・・

私は前につんのめり、蛇口に口を激しくぶつける・・・カッとなり振り向きざまに奴の顔面を殴打!奴も「痛えっ」と殴り返してくる・・・
後はバチバチ!ゴロゴロ!バチバチ!・・慌てて先生が止めに入る!
その後の事はよく覚えていない・・ただその日の帰りにどちらからともなく誤り!

翌日には休み時間に一緒に遊んでいた・・
当時、ドリフターズが人気でそのメンバーに新井注さんと言う人がいた。
後に志村けんと入れ替わるのだが・・・その人のギャグ?で「なんだ馬鹿野郎!」と言うのがあったが、その言動・風貌共に何となく似ていて、荒井と言う名前・・
奴の事をいつしか「注(ちゅう)!」と呼ぶようになっていた・・
ちゅうとマッチである。
奴と付き合えば付き合うほど、奴の優しさ、暖かさを感じた・・
クラスで何か話し合って決める際に、多数決でとなった時、ある女の子の意見には誰も賛成せずに、一人手を挙げた女の子は泣きそうになる・・
するとすかさず奴は手を挙げ・・・
私にも“手を挙げろ!”と目で訴えた事があった・・・
なんだかそれがとてもおかしくて・・
私も手を挙げた・・30数名vs3人の大敗だった!
「さっきはありがとう」と女の子から言われた奴は、真っ赤になってモジモジ・・

「なんであの子の意見に賛成したの?」と聞くと・・
「別に、俺はどっちでも良かったし・・一人じゃつまらないし・・しょうがなく」
と私に必死に言い訳めいた事を・・・・
「ふ〜ん」
「マッチだって手を挙げたじゃんよ!」・・・奴の初恋だったのか?

「今度、俺の家に遊びに来る?」と唐突に・・
「うん、行く!」
「へんな家だよ・・」
「えっ?何で・・・?」
「絶対ビックリするよ!」
とても興味を持った・・・


奴の家に遊びに行く日・・・ワクワクドキドキだった、楽しくてしょうがないといった感じ
「ねぇ・・ちゅうの家ってどこらへん?」
「川の近く・・・」
「川?」・・・よく意味がわからなかった・・
中村川沿いをずっと歩いていく・・・遠いな・・と感じた・・
「遠いね・・」
「うん、ちょっとね・・」

川には古い漁船やはしけ、モーターボートなどが雑然と繋がれていた・・・
「知ってる?・・ここら辺時々“どざえもん”があがるんだよ!」
「聞いた事がある・・ドヤのところでしょ」
「俺の家の近くでも・・・」
「見たことある?」
「うん」
ちょっとドキッとした・・・・

「ねぇ、釣りしたことある?」
「何回かあるよ」
「俺の家から出来るよ!」・・・???
「家から・・・?」
「うん・・ここだよ!」と奴が指を刺したのは一隻の舟であった・・・
「舟じゃん」
「うん、ここが俺の家・・・」とニコッと笑って見せ・・
「ビックリでしょ・・・」
「本当にここに住んでいるの?」それには何も答えず・・

今にも壊れそうな梯子を慣れた動きでトントンとおり・・「ただいま〜」
「おかえり・・」と女の人の声が・・・
「友達来た」
「いらっしゃい・・降りられる?気をつけてね・・」
と奴のお母さんが船の中から顔を出す・・・
「同じ顔、そっくりだ!」と思った・・
デッキの上には洗濯機もあり洗濯物も干してある・・
間違いなくここで生活しているという事が感じられる生活感あふれる情景だ・・
初めて目にする光景ではない・・
日々何度も目にしている、当たり前の光景である・・
しかし、実際に舟の上に乗り、しかもその舟の家が友達の家であるという事に何とも不思議な気持ち、夢見ている様な…ちょっとした興奮も覚えた・・・

「はい、これ食べな・・・」とお菓子とジュースが出された・・
「釣りして良い?」
「良いけど・・もう釣れないよ・・」
「釣りする?」
「うん!何が釣れるの?」
「ハゼとか・・・・よくわかんないけど、じゃあ・・やろう!」と
竿を出して来た・・竿といってもあきらかに手作りの竹の棒に糸と針、錘がついているだけの物だ・・

「餌ちょうだい・・・」
「その辺にあんだろ・・朝、お父さんがやっていたから・・」

ボロボロの餌箱の様な箱から・・何かわからん魚の切り身の様なものをさらに小さく切りそれを餌に二人で釣りをはじめた・・・・全く反応は無い・・・
どれくらいの時間が経ったか・・・

「ただいま・・あんた何やってんの?」
「おかえり・・釣り・・友達・・」
「あぁ・・こんちわ・・アンタこんな時間に釣れるわけねぇじゃん・・バカじゃないの」
奴のお姉さんだ・・「かっこいい!」と思った・・今で言えば間違いなくヤンキーだ!
「こんにちは・・」と挨拶をすると・・ニコッと笑い舟の下の方に降りて行った・・
「お姉さん?」
「うん・・〇〇中の2年生」とその時の顔は自慢げと言うか・・
「俺、姉ちゃん大好きなんだ!」っていっている様な表情を見せていた。

着替えを済ませたお姉さんがデッキに上がって来て・・・
「朝、父ちゃんが釣ったハゼがあるから・・天ぷらで食べなだって・・食べる?」「食べる!」
「あんたも食べるでしょ?」
「はい」・・言葉使いや態度と見た目は怖いが・・物凄く優しさを感じる・・
「ちょっと待ってて・・」と再び下へ・・・
それと入れ替わる様に奴と同じ顔をしたお母さんが・・綺麗な格好をして出てきた「暗くなる前に帰りなよ、危ないからね・・」・・「お前もわかった、いいね!」「はい」・・「うん」
優しく微笑み・・「また、おいで!」と頭をぽんぽんと・・

お母さんは近くの飲み屋で働いているとのことだった・・・
「お待たせ・・・」
お姉さんがハゼの天ぷらを持って来てくれた・・・
中学生のお姉さんが作ったんだ・・・すごいなぁ〜と感動した・・・
益々、かっこよく感じた・・そして美味しかった!
しばらくたわいのない話をし・・・
「お邪魔しました・・」
「あぁ・・・近くまで送ってあげるよ・・、あんたも行くだろ!」
「うん」
「あんたの家はどの辺なの?」
「学校の真ん前・・・」
「へぇ〜近くて良いじゃん!」
確かに近くて良いのだが・・ヤンチャ坊主には都合の悪い事もあった・・
運動会の全体練習の時、調子に乗り悪ふざけ・・・
それを先生注意される・・しかもマイクを使用している時・・「マチダァ〜!」と
エコーのかかった大音量で・・・家に帰ると・・
「お前、今日・・何で怒られたの?」と筒抜けだった!
「えぇ・・・」
「馬鹿だねぇ・・・まったく!」といった具合・・こんな事が日常茶飯!

奴とお姉さんは学校の近くまで送ってくれた・・
「ありがとう、もう大丈夫・・」
「じゃぁ、また明日ね・・バイバイ」
「また、来なね!」と手を振るお姉さんの笑顔が優しい
少しして振り返ると・・奴はお姉さんを見上げながらしがみつく様に甘えている
初めて見る奴の姿だった、あの喧嘩っ早いヤンチャ坊主の真の姿を見た様な・・
そんな奴を優しく包む様に・・手を繋ぎ歩いて行く二人の後ろ姿が羨ましかった・・

「ただいま」
「おかえり・・どこ行ってたの?」と祖母が・・
「ともだちの家・・・」
「そうかい、楽しかったか?」
「おばぁちゃん、聞いてよ・・」とその日の出来事を機関銃のように・・
「船の家?・・あぁ宿船(やどぶね)だね・・そうか」
「“やどぶね”って?」
「決まった場所に家を持たずに船で生活しながらいろいろな所に仕事に行くって言うか・・」
説明に少し困っていたようだ・・すぐに理解できない自分に対し・・
「まぁ、そのうちわかるさ!・・とにかく大変な仕事をしているんだよ・・」
「船の仕事?港とか?父さんと同じような?・・」自分の親父は市の港湾局に勤めていた・・
「ちょっと違うけど・・でもあんたのお父さんの仕事はその子のお父さん達がいなかったら成り立たないだろうね・・、表に出ないが大切な仕事さ」
「ふ〜ん・・・?」
「仕事の内容はわからないけど、そう言う色々な仕事で、人がわからない所で一生懸命頑張っている人がいる・・だからお父さんも仕事になる、そんな仕事をしてくれる人がいるお陰であんたも、もちろんおばぁちゃんだって不自由なく暮らせるんだよ・・」
「かっこいいじゃん!」
「ハハハッ・・そうさ、そういう事を忘れちゃいけないよ・・大事な事だからね」「うん」
「その友達も大事にしなよ!・・今度、連れて来な!」
「うん!」
その時、うろ覚えだが、祖母が山を喩えに話してくれた事がある・・・
山の頂上から見る景色は素晴らしい、だけど裾野から見る景色だって素晴らしい、裾野の景色に美しさを感じられなければ頂上から見る景色をいくら見たって本当に素晴らしい景色を見たことにはならない、裾野に価値を感じられる人になれ、そうすると頂上から見る景色もまた違った素晴らしさを感じられるからね・・裾野が無ければ頂上はない!
あの頃は何を言っているのかよくわからなかったが・・この歳になり、色々な事を経験し今、うまく言葉にできないが、すごく良くわかる気がする、自分自身の一部に確実に組み込まれているようにも思う。
「3年B組金八先生」のあるシーンで同じような事を金八先生が話すシーンがあった・・全身鳥肌がたった!・・「ばぁちゃん、すげぇなぁ〜」って
彼との付き合いはそれからもお互いの家を行き来したり、近くの公園や空き地でヤンチャ坊主らしい遊びが展開された・・・
時々、あのカッコイイお姉さんも・・駄菓子屋でもんじゃ焼きを奢ってくれたり・・・
学年が上がり、クラスも変わった・・・そこに彼の姿は無かった・・・
「あぁクラス違っちゃったかぁ、あいつ何組になったんだろう?」と
色々なクラスを探してみたが、彼の姿は無かった・・・・
「先生、チュウは、何組になったの?」
「あぁ、荒井くんね、お父さんのお仕事の関係で転校しちゃったのよ」
「えっ?」
その日、彼の家に行ってみた・・
もうそこには船は無く、係留のロープが綺麗にまとめられていた。
無性に寂しさが込み上げてきた・・・
その後一度だけ彼から年賀状が届いた・・・
“あけましておめでとう・・・ありがとう”とだけ葉書の真ん中に大きく汚い字で書かれていた、返信したくても彼の住所は書かれていなかった。

彼は今、どこで何をしているのか?
どんな人生を送っているのか・・
彼との思い出は決して多いとは言えない、少ない方だ、でも後になってとても多くの事を学ばせてくれた様に思う・・
家族の暖かさだったり、人の優しさとか、思いやりとか、人間の外側ではない、芯の部分を見せてもらえたような、そんな思いがする。
「大事なのはここ、この部分なんだよ」ってチュウが、その家族がにこやかに語りかけてくれているように思えてならない・・・
彼は本当の意味で豊かな人間なんだろうな、そして本当の豊かさを持った家族の中で育っていたんだろうなと・・・


どこかで、ばったり会って・・
「マッチ、姉ちゃんと呑みに行こうぜ!」って・・・
「あんたら、馬鹿じゃないの!」って・・・そんな奇跡が起きたら面白い!

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