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【エッセイ】大阪ソウルバラードと町屋良平

小学生の頃、父が運転する車で、大阪ソウルバラードをよく聞いていた。確かPart1とPart2があった。

私はシャ乱Qの大阪エレジーが好きで繰り返し何度も聴いて、3回目くらいで「またそれかい」と父に言われるまでがいつもの流れだった。

今考えると、決して小学生が共感できる歌詞ではない。父はどういう気持ちで聞いていたのだろう。

当時の私は車で花売る人や太鼓を叩く人がどんな人たちなのかは分からなかったし、父の実家は田舎すぎて車で生鮮食品を売りに来ることはあったけど、花を売りに来る人はいなかったから、それに花は人生に余裕がある人が買うものだと思っていたから、一度見てみたいと思っていた。

和歌山の山奥の田舎で生まれ育った父が大阪にノスタルジーを感じられているのかは分からないが、なんとなくの大阪臭さが好きだったのだろうし、憧れだったのかもしれない。

学生時代は大阪というと嫌に遠い場所に感じていたけど、和歌山と大阪は隣接しているから、電車に乗ってしまえば1時間もあれば難波に着く。

大阪の近さを実感したのはかなり遅かった。
文化はすべからく都市に集まるから、今ではよく電車に揺られながら大阪に行く。

なんば駅から御堂筋を北上する。
アーケードの中は涼しい。立っているだけで汗が吹き出す気温と湿度の日でも、スルスル歩ける。歩きつかれれば、店舗の前に立てば漏れ出てきた空調に撫でられ汗が引く。

惚れた女と待ち合わせてはいないが御堂筋を一人で歩く。ひっかけ橋を渡ってもアイス屋はいつも見つけられないから、もう潰れてしまったのかもしれない。

蓬莱とりくろーおじさんの前に行列ができている。
たくさんの体臭と汗の酸っぱいにおいが混ざっている。

本町まで歩き、「toi books」という本屋さんにお邪魔した。

町屋良平さんのサイン会があると聞いてはるばるやってきた。
はるばると書いたが、それほど時間はかかっていないし、疲れもない。

大きくない本屋さんだけど、選書が素敵だった。

時間が早かったので一度toi booksを出て向かいのコーヒーショップに入る。
自家焙煎していて店の外まで香ばしくて苦い匂いが漂っていた。
好みのブレンドを選べるようだったが時間をかけると次のお客さんが来たり、店員さんの時間を奪ってしまうかもしれないと焦って、おすすめを聞いた。
迷わずにそれでと答えたが、
「酸っぱいのが苦手なので、苦味の強いやつで」
と言っておけばよかった。
来たアイスブレンドは酸っぱかった。
今まで飲んだコーヒーの中で一番酸っぱかった。レモンのフレーバーを混ぜているのかもしれない。
いつもしない経験ができたと思うようにする。

町屋さんはぬるっと入室した。
私は本人を前にした興奮とすべき表情がわからない焦りで終始ニヤニヤしていた。
サイン会の為に来たのであろう他の4人は、照れなのか、気まずさなのか町屋さんを一瞥した後、すぐに本棚のたくさんの本に視線を戻し、「そんなに興奮していませんよ感」を出していたのだけど、それは町屋さん自身に「あまり期待されていないのではないか」という勘違いを起こさせかねないぞと思い、はるばる大阪へ来た町屋さんに失礼なのではないかと思い始めると、いよいよ私は待ってましたとばかりに町屋さんに誰よりも視線を注ぎ、それゆえ逆にガンを飛ばしている失礼な奴みたいになって、誰か模範解答を教えてください。

購入した本を持って一番乗りで町屋さんのところへ行き、サインを書いてもらい、私自身も執筆している旨を伝えコメントをお願いすると、「一緒に書き続けましょう!!」というお言葉をいただき、俄然やる気な私。

その後も店内をうろうろして人が少なくなった頃にまた話しかけ、町屋さんがデビューするまでの年数を聞き、書き続けることの大切さを再確認した。

その空間にずっといたかったけど、そろそろ町屋さんにも店主さんにも鬱陶しがられるかもしれないと思い店を後にした。

本町から難波までの道すがら、待ちきれずに「全身が青春」を読み始める。

遠くから「ドンペリ入ります」と叫ぶ声が聞こえる。自転車に乗ったおじさんが何度も叫んでいた。
ドップラー効果で小さくなってゆく「ドンペリ入ります」を背中で聞きながら、大阪に来たなあと思った。

やっぱりひっかけ橋では、アイス屋も車で花売る人も見つけられなかったけど、腹を出しながら自転車にまたがるおじさんは見つけた。

気づけば和歌山に帰っていた。
「全身が青春」は半分ほど読み終わった。

僕の青春が、大阪ソウルバラードに乗って少し戻ってきた。

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