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あの日の僕を僕は救えているかな


「どうせ僕に関わるのは仕事なんやろう!中途半端に関わるなら2度と関わらんといて!」

久しぶりにこの件について、深く考える出来事があった。

ありがたいことに虐待どっとネットで社会起業家を輩出するビジネスコンペedgeのファイナリストに選出されていて今日がその資料提出の期限だというのに全く手が進まないので振り返ってみようと思う。
テスト前に部屋の片付けをしてしまう的なアレである。

僕は周りのみんながやれ文化祭だのやれ体育祭だのやれ受験だの青春を謳歌している時期に2年ほど、精神科の病院を転々として暮らした過去がある。
最初は虐待がきっかけだったけど、しばらくすると僕にも立派な病名がついた。

大人に対して悪態をつき、いや、大人というか人間に対して悪態をついていた。今思えば、無理もなかったよなと思うけれども。もう少し、誰か僕の話を聞いてくれる人がいたならば、なんてことを思ってしまう。

それでも僕の心を照らしてくれた人がいた。
その方は入院していた病院のCNSの方なんだけれども。

きっと僕がはじめて他者に対して出た「どうせ僕に関わるのは仕事なんやろう」はこのCNSの方にだったと記憶している。

あんまり詳しいことはわからないけど、僕はそんなに難しいケースだったのだろうか。
今から15年ほど前。CNSの方が本当に手厚く関わってくれた。
毎日のように顔見にきてくれたり、ぽつりぽつりと話すようになってからはナースステーションのNsに「〇〇さん呼んでー」と言えばまじで秒で来てくれたり。単独で外出禁止の時もお散歩行こっかって連れ出してくれたり。
1人で出してもらえなかったからその方が来てくれることが嬉しくなった。


そしてね、心と心が近くなるとね、やっぱり出てきちゃうんですよ。

「どうせ僕に関わるのは仕事なんやろう?」
って気持ちが。

「あなたには家に帰れば家族がいるんでしょう」
「こんなに優しくされても本当に辛い時には頼れない」
「結局ひとりぼっちなんだ私は」

こんなような気持ちが芽生えたんだよな。

人ってさ、中途半端につながりがあるよりも、孤独の方が強いんだよ。
変に頼れる人がいると弱くなっちゃう。
助けてくれるかもなんて思うと、もうだめ。笑

僕が周囲に「中途半端に関わるなら関わってほしくない」と言ってたことは自分自身の「生存権を保障するため」に自分自身で動かないといけない出来事ばかりだったから、到底まわりの人が僕に何か手助けできるようなことではなかった。

きっと毎日生きるか死ぬかの暮らしをしている若者たちは同じような気持ちを抱えているんじゃないかな。
いつトンネルを抜けられるとかの保障はできないけど先にトンネルを抜けた者として必ず抜けられるって応援してます。
その後も色々壁はあるけども、少しだけ先で待ってます。

でさ、ほんとうのつながりってのはあたたかくて心地よくて、力になるんだってことを最近になって知ったんだよね。

こう、なんというか応援を力に変えられるって言葉がすごくしっくりくる。

自分はひとりじゃないって心の底から思えることがこんなにも幸せなことなのかって30歳過ぎるまで知らなかったことが本当に本当に悔やまれるんだけれども。

虐待どっとネットのメンバーのみんなとか普段僕を支えてくれているせんせいたちとかTwitterの方々とかこのnoteを読んでくださる方たちとか電車乗る時にスロープ出してくれる黄色いジャンパーのとあるおじさんでいつも「気ぃつけてね!」ってニコッて笑って言ってくれる人とか本当に色んな人に支えてもらってて日常を送れているんだなって思う毎日で。

人とのつながりを軽視しまくってたからこそ人とのつながりをめちゃくちゃ大切にしたい。

「どうせ僕に関わるのは仕事なんやろう!中途半端に関わるなら2度と関わらんといて!」と言ってる自分に今の僕ならどうやって声をかけるかって考えてるんだけど

「仕事だよ。でも大人になったら一緒に仕事できるで。一緒にがんばろや。」

やなって思ったんやけど、あれ、これ虐待どっとネットやんと思った瞬間鳥肌たった。そして泣いた。普通に泣いた。
僕はあの日の僕を救えてる。
苦しかった過去も、逃げなかった自分も、もう何をどうしたらいいのかわからなくて1人深夜高速を聴きながら泣いた夜も、なにひとつ間違ってなかった。

もちろんこれは僕がこうして欲しかったというだけの気持ちなのでこれが正解ではないということも理解している。
けど、自分と同じような気持ちを抱えて苦しんでいる子や若者がいたならば、僕はちょこんっと隣に座りたい。
ずっと僕の隣にいてくれた、ビンボンみたいに。

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改めて、僕に関わってくださるすべてのみなさま。
いつも本当にありがとうございます。

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