見出し画像

『偽史和棉伝・ジャズのまち岡崎』

◎あらすじ
岡崎ジャズフェスに遊びに来た子どもたち。一人の老婆に「なぜ岡崎がジャズの町なのか知っているか?」と問われる。「ドクタージャズのおかげだろ?」と答えるが「それだけじゃない、岡崎でジャズは生まれたからだ。」という。
江戸時代中期。
1692年、元禄五年、町人文化の台頭のころ、生類憐みの令がでてしばらくのころ。
東海道本宿の綿ばたけでオランダ商館のカピタンが子どもたちの綿摘み歌を聴く。
オランダに帰る船が衝突事故にあい、カピタン一行は漂流し、通りかかった船に助けられて、新大陸の南部のプランテーションに寄寓する。

◎登場人物
江戸時代中期の三河額田東海道本宿付近
カピタン・ブリューゲル
 通辞・鈴木
 フィンセント(カピタンの側近)
 ピーテル(黒人奴隷)
 ヤン(黒人奴隷)
 おっ母(木綿ゆう)
 蕾太
 早苗 
 お咲

フロリダ・コットンフィール
 マミー
 ダディー
 男の子(黒人)
 女の子(黒人)
 女の子(黒人)
 監督トム
 黒人労働者数人

現代岡崎
 老婆
 男の子
 女の子1
 女の子2
 ジュニーさん
 通行人数人


◉シーン1 岡崎ジャズフェス(幕前)

●ジャズフェス真っ盛りの岡崎市市街地。
舞台の下手に子どもが三人。その後ろに椅子にどっかりと座った老婆。
●上手ではアコーディオンやトランペット、ギター・ボーカルを一人でこなすジュニーさんがパフォーマンスを繰り広げられている。幕と子どもたちの間をたくさんの人がジョニーさんのプレイを楽しそうに見ながら、行きかう。『A列車で行こう』が演奏されている。

男の子「あの人、ひとりで何でも演奏していてすごいね。」
女の子1「うん、(指を折って数えながら) ギターにトランペットにドラムに木琴にハーモニカに・・」
女の子2「楽器人間。」
老婆「あんたら、どこの子だん?」
男の子「本宿からきた。」
老婆「ほっか、なんで岡崎がジャズの街か知っとるかん?」
男の子「知っとるよ。内田先生だら。」
女の子1「内田修先生が若いジャズマンを応援して、その人たちが日本有数のジャズ音楽家になっていったからでしょ?」
女の子2「ドクタージャズ!」
老婆「それはそうじゃな。ここはジャズプレーヤーの卵たちの故郷になった。でもそれだけかな?」
男の子「なんか、あるの?他に?」
女の子1「有名人が出てる? ジャズの?」
老婆「ジャズが生まれたのは130年くらい前のアメリカのニューオリンズと言われとる。(違う違うというように首をゆっくり振る)」
女の子2「(首をふる真似をしながら) ちがうちがう。」
老婆「ジャズはその二百年も昔。三百三十年も前に生まれたんじゃ。この、岡崎という街でな・・」
女の子2「・・うまれたんじゃ。」

●間がたっぷりととられながらゆっくり暗転し、幕が開いてゆく。

◉シーン2 東海道と棉畑

●蝉時雨つくつくぼうしの鳴きしきる午後。江戸時代の岡崎東海道沿い。夏の終わり。
●舞台下手の『生類憐みの令』の立て札。子どもたちの歌が聞こえる。

○劇中歌『遊びてえ、学びてえ』
(『サマータイム』みたいなイメージ)子どもたちの労働哀歌がソロから始まり、ジャジーなノリになってゆく。

コマ回して遊びたいけど、今日も紡む仕事♬
寺子屋に行きたいけど、今日も明日も綿仕事♬

●その間、長崎オランダ商館のカピタンの一行が通りかかり、休憩。キャピタンは床几に腰かけて、田園風景を眺めている。すぐ横に立つ側近のヤン。荷物担ぎの黒人使用人のピーテルとヤンが荷物を下ろして地べたに座り込み布で汗を拭っている。
●子どもたちの母親が怒りにくる。

おっ母「何しとるだん! 綿摘みが終わったら、お咲はすぐ綿くりして、すぐ種取りしなあかんだら。蕾太はそれをすぐに綿うちしなん。苗はすぐすぐよりこを巻きん。お天道様が降りてからが本当の仕事だよ、はよはよ。」

●震え上がって急に手仕事が素早くなる子どもたち。
●聞いていた子どもたちの歌を遮られたカピタンが側近のヤンに何かいい、ヤンは幕府の役人(通辞)にオランダ語で何かいう。通辞は何か返答している。それをヤンはカピタンに伝える。
●その間に子どもたちは籠いっぱいに摘んだ綿を背負っておっ母ぁについて下手にさるところ、通辞の鈴木によびとめられる。

鈴木「そこの、マダーム」
おっ母「はあ? まだむ?」
通辞「おぬしじゃ。こちらに参れ。」
おっ母「な、なんか?」
通辞「安心いたせ。ここに参れ」
おっ母「ま、参るのですか?」
通辞「はよいたせ。」
おっ母「はあ。」

●おっ母は床机にかけたカピタンに柏手を打ってお参りする。

おっ母「来年はちゃんと雨も降って日も照って、綿がたんと収穫できますように。また戦が起こりませんように。(子供達を振り返って)せっかくだから、あんたたちもなんか拝んでおき!」
蕾太「わしもコマが上手に回せるように!」
早苗「法蔵寺様の寺子屋に通えるようになりますように。」
「姉ちゃんみたいに上手により子が巻けるようになりますように。」

●おっ母たち、そう祈って帰ろうとする。

鈴木「違う、こちらに参れ、いや、誰が『おまいりせい』といった。神社(かみやしろ)ではないのじゃ。参れ、つまり来いと言っておるのだ。」

●おっ母は少し心配そうに子どもたちを返して、自分だけが前に行こうとする。

鈴木「違う! お前は帰っても良い。子どもたちに用じゃ。」
おっ母「お前たち、かどわかしだよ(小声で)、逃げるよ(大声で)」

●おっ母は子どもを奪われると思って、走って逃げようとする。

鈴木「まてまて、違う。心配いたすな、子どもらに褒美をやるとおおせだ。」

●「褒美」の声におっ母たちの逃げ足がピタリととまる。

おっ母「何をもらえるんかね? なんの褒美だん? 」

●通辞の鈴木はカピタンとヤンを通して何か話あう。褒美の言葉に子供達が湧き立ち、おっ母の近くに駆け寄ってきて泣く。

鈴木「かし、おかしを褒美にやる。歌だ、そこなる童どもが歌っていた歌にカピタンは感心しておられる。」
おっ母「おかしですか、おかねの間違いでは? あー南蛮のお菓子も嬉しいけども、お金の方がもうちょっと嬉しいかも。」
鈴木「ああ、わかった。おかしもかねも授けるゆえ、もう一度歌え、童ども。」

●そう通辞の鈴木に促されて、おっ母は背中で見守っていたこどもらに何か説明をして前に押し出す。
●三人の兄弟はさっきの「サマータイム」的労働哀歌を歌い出す。

○劇中歌『遊びてえ。学びてえ』
 綿仕事のために遊べない
 綿仕事のために学べない
 綿仕事のためにもう大人♬

カピタン「PRACHTIG! すばらしい!」

●子どもたちの歌に感激するカピタン。側近のフィンセントは「めんどくさいから、もうやめさせろ」というように鈴木にあごと目で合図する。
●子どもたちの歌を聴いていた黒人奴隷のヤンとピーテルが、その音に合わせて近くの石を打ち合わせたり、木の枝をばちにして倒木を叩き出したりしてにぎやかになり、歌は哀歌から次第にノリの良い三河讃歌に変わってゆく。

〇劇中歌『三河は素晴らしい』
(『アメージンググレース』のような歌⇒『日曜日よりの使者』的な)

●三人の子どもたち(蕾太、早苗、お咲)が踊りながら歌い、後ろでおっ母(ゆう)がダンスをしていて、ヤンとピーテルがジャズのリズムをそれぞれの打楽器で打ち鳴らす。ヤンが会場に手拍子を求める。
●その盛り上がりについにカピタンも床几から立ち上がり、体を動かしながらおっ母とともに、バックコーラスに参加する。
●歌が終わって段々静かになっていく、カピタンはまだ一人で手拍子を続けて踊り、笑っている。

カピタン「PRACHTIG! スバラシイ! PRACHTIG! 素晴ラシイデス!」

●カピタンは感激の余韻でふらふらになりながら『生類憐みの令』の立て札に寄りかかる。

カピタン「DOEI? ナンダコレハ?」
鈴木「将軍家のお達し。生類憐みの令でございます。」
カピタン「(首をかしげる) ショウルイ、アワレミ レイ。」
鈴木「生きとし生けるものの命は等しく貴い。大切にせよという命令でござる。」

●なんの意味かと一瞬考え込むが、すぐに忘れて、また笑いだす。

カピタン「PRACHTIG! スバラシイ!」

●カピタンは床几にたどり着くと、ようやく我に戻って居住まいを正す。

カピタン「(フィンセントに金包を渡す)BEROLONING! ホウビダ 」
フィンセント「(金包の重さを確認して少し減らして、自分の懐に入れて)BEROLONING!」
鈴木「(ヤンから金包を受け取って少し減らして自分の懐にいれて) 褒美だ。」

●褒美を受け取ったおっ母は中を確認してすごい笑顔に綯ってペコペコ頭を下げて、懐に入れる。子どもたちはおっ母の懐を気にして覗き込む。

おっ母は「(子どもらに) みっともないことはおよし。およしったら。」

●子どもらを叱ったふりをしつつ、おっ母は鈴木に。

おっ母「あのう、さっき言ってた南蛮の菓子をこの子らに挙げてくださいませ。」
鈴木「かしをな。」

●鈴木はヤンに何かいい、カピタンに伝える。カピタンはピーテルとヤンに何かいい、荷物から紙包を取り出させ、、羽ペンで何かを書き連ねる。サマータイムのメロディーとともに、日本語訳詞がナレーションで読み上げられる。

『サマータイム』
作曲 岡崎の綿畑の子どもたち
作詞 カピタン・ブリューゲル

Summertime, and the livin' is easy
夏の日々暮らしは楽だ
Fish are jumpin' and the cotton is high
魚は飛び跳ね 綿花はよく育っている
Oh, your daddy's rich and your ma is good-lookin'
あなたのお父さんはお金持ちで、お母さんは美人だ
So hush, little baby, don't you cry
だから静かに。泣かないで。

One of these mornings you're gonna rise up singing
ある日あなたは立ち上がって歌うの  
Then you'll spread your wings and you'll take to the sky
そして翼を広げてでも空に羽ばたいてゆくのよ。
But till that morning, there ain't nothin' can harm you
でも、その朝までなんにもあなたを傷つけさせない
With Daddy and Mammy standin' by
お父さんとお母さんが、そばにいるから。
作曲ジョージ・ガーシュウィン
作詞デュボーズ・ヘイワード

●子どもたちの歌に歌詞を書いたカピタンは満足そうにその歌詞を書いた紙をおっ母に渡すようにフィンセントに渡し、フィンセントは鈴木に渡す。
●鈴木はありがたそうに、その紙を見るが「菓子」を要求したのに、歌の「歌詞」なのに驚いてカピタンとおっ母の両方を見て当惑する。

鈴木「南蛮のお菓子ではなく、歌の詞の歌詞ではございませんか!」

●ジャンジャン!的な効果音ともに幕が下りる。

◉シーン3 東インド会社オランダ商船 (幕前)


●波の音が聞こえ始める。
●舞台の幕前にオランダ商戦の舳先が見える。幕には太平洋が描いてある。カモメが飛んでいる(釣竿で吊るして動かす)飛魚が飛ぶ
●上手に向いてカピタン・ブリューゲルが望遠鏡で遠くを眺めている。のんびりとした船旅である。
●船員たちが舳先の近くに集まってくる。ヤン、ピーテル、さらに数人。
それぞれフライパンに弦をはったバンジョーや、竹筒ドラムやハーモニカを手にしている。

カピタン「では、メンバーも揃ったな。」
ヤン「始めましょ。」
ピーテル「(ぴゃらら〜とハーモニカを吹き鳴らす)」
カピタン「この穏やかな航海を喜ぶ『A商船で行こう』の曲を」

●ヤンとピーテルがスタートの目配せする。

ヤン「ワン、ツー、ワンツーサンシ。」

●『A列車で行こう』の演奏が始まる。カピタンもノリノリでバチを持ち、舳先を叩いて参加。

カピタン「いいね、ヤンのギターも、ピーテルのハーモニカも最高にノリが良くなってきた。・・好き。」

●側近のフィンセントが下手から登場。バンドの様子を見て少し呆れている。

フィンセント「そろそろ、夕食の時間です。お遊びもほどほどに、まもなくパシフィックオーシャンを渡りきります。そのあとはマゼラン海峡を抜けて大西洋に出て、カリブ海に向けて北上を始めますからね。」
カピタン「オーケー。私はな、あのヤーパンの子どもたちの音楽が忘れられないのだ。ヤンやピーテルとのセッションが楽しくて船旅の退屈を慰めてくれるのだ。(バンドに向かって) では、最後にもう一曲。」
ヤン「どれをやりますか?」
カピタン「そうだな、ルソンの星空を観ながら作ったあれ、あれをやろう。」 
フィンセント「はぁ(呆れたように空を見上げてため息)」
ピーテル「月光だな。」
ヤン「オッケー、カピタン、ワン、ツー、ワンツーサンシ!」

●『ムーンライトセレナーデ』の演奏が始まる。静かな雰囲気のなか、だんだん日が暮れてゆき、空に月がのぼり、月光がバンドメンバーに降り注ぐ。
●その時、どうんという衝撃が起こる。船がぐらっと傾く。メンバーはあわてて立ち上がり、海を見渡す。ヤンが何かを見つけて叫ぶ。

ヤン「walvis!」
ピーテル「witte walvis!」
カピタン「(彼らが指差す方を眺め、恐れるように) クジラだ。」
フィンセント「しかも伝説の恐ろしき白い鯨だ。」

●あちこちに捕まりながらフィンセントも現れる。
●再び衝撃!もう一度衝撃!揉まれる商船。

フィンセント「カピタン、ボートを! モウダメデス!」
カピタン「沈むのか?」
ヤン「沈む!ピーテル、楽器を持て。」
ピーテル「(大きくうなづきながら、楽器を集めて抱える)」
フィンセント「避難しましょう。」
四人「うわー!!」

●その言葉も終わらないうちに再び、衝撃、四人は船から放り出され、泳ぐ仕草をしながら波に飲まれてゆく。
●静かな暗い海に戻る。どこからともなく「ムーンライトセレナーデ」が流れている。月光がきらめいている。

◎シーン4 フロリダ・コットンフィールド

●幕が開くと明るいアメリカ南部の綿ばたけ。たくさんの黒人労働者が綿を摘んでいる。(大きな絵を舞台奥に貼って表現)
●それを見ながら、楡の木陰で客席に向かって陽気にマラカスを振っているヤンと、ハーモニカを吹きならしているピーテル。
●それとは対照的に憂鬱な様子で畑で働く労働者を眺めているカピタンの背中。ため息の時にカピタンの方がうちる。
●そこにフィンセントがバスケットを持って登場。

フィンセント「カピタン、昼ごはんにしましょう。」

●昼ごはんと聞いて、ヤンとピーテルが楽器を放り投げてバスケットに集まる。

ヤン「カピタン、飯にしましょう。」
カピタン「(力なく首を振る)」
ピーテル「ご飯食べて、元気出して。」
カピタン「(ヤンに) ヤン、お前がバンドマスターだ、お前から食べてくれ。」

●それを聞いて、ヤンはバスケットの中のリンゴをとりだそうとするが、フィンセントが不機嫌そうに取り戻し、リンゴをカピタンに渡そうとする。

カピタン「ありがとう、フィンセント。私にはそのリンゴを食べる資格がないのだ。」
フィンセント「どうしたのですか。カピタン。せっかく・・」
カピタン「お前の頑張りはよく知っている。感謝している。おかげで今夕の帰国船も決まった。」
フィンセント「いや、そんなことは・・私が言いたいのは、せっかくのあの夜。白鯨の夜。」

●「白鯨の夜」という言葉を聞いてヤンとピーテルは怯えるように肩をすくめる。顔を見合わせる。
●ヤンとピーテルは身振りをまじえながら、あの夜怒ったことの説明を始める。

ヤン「思い出したくもない。」
ピーテル「海に放り出されて。」
ヤン「ボートで漂流。」
ピーテル「七日流されて、大きな船に拾われた。やった!たすかった。」
ヤン「でも、それは、思い出したくもない。忌まわしい船。」
ピーテル「忌まわしい船。思い出した。(かつて奴隷船で運ばれた体躯座りの姿勢をとって、悍ましいと言うように体をさするピーテル)」
ヤンピーテル「奴隷船。」

●カピタンはヤンとピーテルのそばに行って二人の背中をさする。

カピタン「知らなかった。いや、知ろうとしなかった。お前たち、アフリカの者たちが、がなぜ、どのように私の元にいるのか。」
フィンセント「ほんとに知らなかったのですか? (少しあきれたように)  カピタンともあろう、知識と見識をお持ちのお方が?」
カピタン「知っていたかもしれない。知らないふりをしていただけかもしれない。そしてそれを悪いことだとも思わなかったのかもしれない。おそろしいことだ。私には罪がある。」
フィンセント「そんなことよりも、食事にしましょう。」
カピタン「ここで働いている、黒人の労働者たちにも私は罪がある。私は綿を買い。綿を売り、私はタバコを買いタバコを売り、私は砂糖を買い、砂糖を売り。誰が綿を、タバコを、砂糖を作っているのか、いや作らされているのか考えようともしなかった。」
フィンセント「知らなくてもよかったことです。それは私たちの外側のことですから。」
カピタン「(ヤンとピーテルに) お前たちのことも、私には罪がある。」

●カピタンの苦悩にうんざりする様子のフィンセント。

フィンセント「今日の夕方にはオランダへの帰国船が港を出ます。」
カピタン「いよいよ今日か。」
フィンセント「それまでに苦悩ごっこは終わらせて、元の陽気で能天気なカピタンにお戻りおきくださいね。」

●そう言い捨てるように、フィンセントはバスケットを置いて下手に去る。
●ヤンはピーテルに目配せを送り、演奏でカピタンを励まそうと楽器を持ち直す。
●バスケットの中味に興味津々の三人の子供がコットンフィールドから(かみてから現れて舞台中央からカピタンたちの元にくる男の子ジミー、女の子のサリーとフリー)
●ヤンとピーテルは子ども達を膝に乗せてバスケットの中の果物を食べさせ、心配した彼らの父母が、綿畑の中から首を伸ばして心配そうに見る。
●その彼らを監督のトム(黒人)がドカドカと下手より入ってきて、手にした鞭をしならせて地面を叩き脅す。

監督トム「手を休めるな! ひとつでも地面にコットンボールを落とすな。残したら子ども達は飯抜きだ。」

●厳しい、大声で怒鳴ると、何度も地面を鞭で叩く。たまらずに母親が子ども達に駆け寄って守ろうとする。
●トムは彼女の襟首を引っ張り容赦なく頭を地面に擦り付ける。
●泣き叫ぶ子どもたち。

子ども「お父ちゃん。助けてお母ちゃんが。」

●畑から顔を出していた子どもらの父親は悲しそうに、何もできない自分を恥ながら目を背ける。

監督トム「わからんのか。」
マミー「許してくだし。この子達は許してください。」

●お母ちゃんは子ども達を庇って背中を鞭で打たれる。
●見ていたヤンとピーテルは、トムの暴力に対して怒るように、歌で戦うように、イントロを奏で始める。
●ヤンの独唱。

  ○挿入歌『サマータイム』
    One of these mornings you're gonna rise up singing
ある日あなたは立ち上がって歌うの 
    Then you'll spread your wings and you'll take to the sky
そして翼を広げてでも空に羽ばたいてゆくのよ。
    But till that morning, there ain't nothin' can harm you
でも、その朝までなんにもあなたを傷つけさせない
    With Daddy and Mammy standin' by
お父さんとお母さんが、そばにいるから。

カピタン「ちがう、こんな歌ではなかったはずだ。楽し気なヤーパンの綿畑の家族を歌った歌なのに、これでは、これでは、悲しすぎる。」

●ヤンが歌ったその歌は、日本の三河でカピタンが歌詞をつけたものだったが、まったく意味が違う、痛ましく悲しいものになっていた。
●カピタンは歌を聞きながら嘆き、悲しむ。

監督トム「ちっ!」

●歌を聴きながら、監督トムは唾を吐きながらマミーを地面に捨てるように叩きつける。

監督トム「早く、すぐ! ひとつでもコットンボールを地面に落とすんじゃないぞ。ひとつのコットンボールはお前達の目玉より価値があるんだ。」

●監督トムはでかい背中を観客席に向けて畑全体に向かって叫ぶ。

カピタン「ひどいじゃないか。」
監督トム「は?何がでございましょうか? お客人の旦那様。」

●振り返った監督トムは満面の笑顔でカピタンのご機嫌をとる。

カピタン「君は同じ黒人奴隷に、仲間に、よくそんな仕打ちができるな。酷いじゃないか? 」
監督トム「お・な・じ? 仲間?でございますか? 私は監督でございます。私は一格も十格も上等な黒人でございます。ひとり小屋もいただいている身分です。あやつらはしょうもない、全然違うのでございます。」
カピタン「ひどい、やめないか? 同じ人間ではないか!」
監督トム「何をおっしゃっているんですか? あなた様も奴隷を連れておいでではありませんか?」

●監督トムはそう丁寧に言うと、カピタンにヤンとピーテルを指さしてにやりと笑う。再び背中を見せる。

監督トム「サボるんじゃねえぞ。少しでも手を休めたら晩飯を抜きだからな。逃げようたって、その黒い肌と腕の焼き印ですぐに捕まって連れ戻されるからな。その時は覚悟しな。」

●そう言いながら、監督トムは上手にドカドカと歩いてゆく。
●カピタンは頭を悩まして楡の木に寄りかかる。

カピタン「(考え込んでいる) しょう・るい・あわれみ・のれい。すべての生き物は等しい。命に上下も左右もない。等しく、尊い。」

●心配そうにしているヤンとピーテル。
●綿畑の中から子どもたちが歌う『サマータイム』が一番から聞こえてくる。
●ヤンとピーテルは『サマータイム』の伴奏をはじめる。それは重々しく、三河で歌われたもの違う感じになっている。
●カピタンはやおらポケットから紙とペンを取り出して、紙に何かを猛烈な勢いで書き始める。
●『サマータイム』が終わるころ、ヤンとピーテルに言う。

カピタン「私は何も見ていなかった。何も知らなかった。今は見える。今はわかる。この歌を、この歌をこの者たちのために。」
ヤン「カピタン様、ヤーパンの子どもたちのふたつ目の歌に乗せるのですか? この歌詞を?」
カピタン「そうだ。そうしたい。お願いだ。弾いてくれないか?」

●ヤンとピーテルは少し打ち合わせると、アメイジング・グレースを奏始め、カピタンがハミングで合わせながら歌いだす。

  〇『Amazing Grace』
  作詞作曲 カピタン
    Amazing grace! how sweet the sound
    That saved a wretch like me!
    I once was lost but now am found
    Was blind, but now I see.
驚くべき恵み なんと甘美な響きだろう。 
    私のように悲惨な者を救って下さった。
    かつては迷ったが、今は見つけられ、
    かつては盲目であったが、今は見える


    ‘Twas grace that taught my heart to fear.
    And grace my fears relieved
    How precious did that grace appear,
    The hour I first believed.
神の恵みが私の心に恐れることを教え、
    そして、これらの恵みが恐れから私を解放した。
    どれほどすばらしい恵みが現れただろうか、
    私が最初に信じた時に


    Through many dangers, toils and snares.
    I have already come;
    ‘Tis grace has brought me safe thus far,
    And grace will lead me home.
多くの危険、苦しみと誘惑を乗り越え、
    私はすでに辿り着いた
    この恵みが、ここまで私を無事に導いてくださった
    だから、恵みが私を家に導くだろう


    The Lord has promised good to me,
    His word my hope secures
    He will my shield and portion be,
    As long as life endure
神は私に良い事を約束して下さった
    彼の言葉は私の希望の保障である
    彼は私の盾と分け前になって下さる
    私の命が続く限り

    Yes,when this flesh and heart shall fail,
    And mortal life shall cease;
    I shall possess, within the vail,
    A life of joy and peace.
そう、この体と心が滅び、
    私の死ぬべき命が終わる時、
    私は、来世で得るものがあるそれは、
    喜びと平和の命である


    The earth shall soon dissolve like snow
    The sun forebear to shine;
    But,God who called me here below,
    Will be forever mine.
地上はまもなく雪のように白くなり、
    太陽は光を失うだろう
    しかし、私を御許に召して下さった神は、
    永遠に私のものになる
作詞作曲ジョン・ニュートン

●カピタンの歌声につられ、綿畑の中から(上手や下手)からぞろぞろと大勢集まってきて、ハミングで参加する。
●音が静かに消えてゆき、綿畑に風が行き過ぎる音だけになる。黒人労働者たちが涙を流している。カピタンの手にキスする者もいる。先ほどの三人の子どもたちが足に抱き着いている。

ヤン「・・美しい」
ピーテル「うん(じっくりと味わうように、ゆっくりと何度もうなづく)」

●そこにフィンセントが下手より登場。集まっている黒人労働者に驚きつつカピタンに告げる。

フィンセント「これはどうしたことです? もう出発の準備はできております。帰りましょう、私たちの故郷に。」

●カピタンは宇阿多の余韻に浸りつつ、胸に何らかの決意を宿した表情が見える。

カピタン「帰らない。」
フィンセント「え?」
カピタン「私はここ、新大陸に残る。」
フィンセント「え? なぜですか?」
カピタン「私はここに残り、歌を歌い、この者たちを支えたい。」
フィンセント「何をおっしゃってですか? あなたはオランダの東インド会社の極東支社長ですよ。何を今更。」
カピタン「ヤンやピーテルもアフリカから連れてこられた。なんの罪とがもなく、騙されるように、狩られてきたのだ。そしてあの忌まわしき船に乗せられて。」
フィンセント「それがどうしたのですか?そういうしきたりで、誰も文句は言っておりません。」
カピタン「お前はまだ見えていないのだな。私も、もう、違う。見えてしまった。ここに残ってこの者たちを救う?」
フィンセント「救う?どのようにですか?」
カピタン「歌で。柔らかな力で。」

●フィンセントはカピタンの決意の固さを見、ため息をつく。

フィンセント「仕方ありませんな、では、私が本国に戻ってそうお伝えいたしましょう。」

●フィンセントはバスケットを拾い上げる。

フィンセント「ヤン、ピーテル。」
ヤン・ピーテル「はい。」
フィンセント「カピタンのこと頼むぞ。また船便が容易で来たら、手紙を送る。」
ヤン・ピーテル「(うなづく)」

●そう言いおえるとフィンセントは下手に颯爽と去ってゆく。
●のこされたカピタンはヤンとピーテルに語りかける。

カピタン「『A商船で行こう』をやろうか。」
ヤン「いいですね。」
マミー「旦那さん、こんな音楽聴いたことないですが、何と言うのですか?」
カピタン「そういえばまだ名前が無かったな。そうだな・・ヤーパンの歌ということで。」
マミー「ヤーパン?」
カピタン「そうか、英語ではジャパンのことだよ。」
マミー「黄金の国。」
カピタン「そうだ。ジャパンのうた。ジャパニーズ・・それを短くして、ジャ・ズ。そうだ日本のうた。ジャズと呼ぼう。」
「ジャズ!」

●ゆっくりと幕が降りてゆく。

ナレーション(老婆) 「このように、日本の岡崎市の東海道で生まれた歌はオランダ商館の一向によって新大陸に運ばれて、フロリダの綿畑で育ち、黒人奴隷達の魂の救いの歌として歌い継がれていったのじゃ。」

◉シーン4 岡崎ジャズフェス(幕前)

●下手に椅子に座った老婆。その前に三人の子どもたち。それと通行人やジョニーさんも老婆の話を聞いている。

男の子「すごいや、ジャズって日本の、この東海道(観客席を真っ直ぐにゆびさして)の本宿で生まれんだね。」
女の子1「すごいね。」
ジュニーさん「そりゃおかしくないか?」
女の子2「おかしくない。」
ジュニーさん「でも、ジャズはまだ百数十年の歴史だし、誕生はニューオリンズじゃあ? それにサマータイムはガーシュウィンの歌だし、アメージンググレースはジョン・ニュートンの歌だよね。」
老婆「それが・・それがどうした?」
ジュニーさん「どうしたって、子どもに嘘を教えちゃダメだよ。」
老婆「その方が・・」
女の子2「その方が?・・」
老婆「(一瞬まじめな顔になってから大笑いしながら) そのほうが、たのしいだろ!」
ジュニーさん「やってられないや。」

⚫️通行人やジュニーさんは呆れて上手に戻って、再びジュニーさんのひとり楽団が始まる。曲は『ムーンライトセレナーデ』

老婆「(その場に残った三人の子ども達に) 嘘話じゃが、この話の中には本当のこともある。」
男の子「悲しい話?」
老婆「そうじゃ。綿は悲しい歴史を持っている。そのことを忘れてはならん。」
女の子1「悲しい、黒人奴隷のこと?」
老婆「そうじゃ。サマータイムやアメージング・グレースには辛くて重くて悲しい思いが込められている。そのことを肝に銘じて、うちに帰ってちゃんと調べることじゃ。そして誰にでも優しい人になるんじゃよ。
三人「うん。」

終わり

2024・4・3


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?