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へんてこな小学生が、中学受験の塾に火起こし研究会をつくったおはなし

中学受験の塾に入ったのだけれど

小学校6年生になる春、わたしは千葉県にあるとある中学受験対応の進学塾に入った。中学は地元の公立に進学するつもりでのほほんと暮らしていたわたしだったが、力試しに、と受けた入塾テストで算数が5点という危機的状況が判明したからだ。(つまり最初の一問しか解けなかった。)

まあしかし、小6になるタイミングで入って、いきなり『算数 力の5000題』とかいう受験対応のテキストが解けるわけもなく、睡眠時間を削らないと消化できない課題の量に、なんで入塾してしまったんだろう、とすぐに後悔が始まっていた。

当時の塾には、わたし以外にも公立に進学する予定の子どもがけっこういて、塾はほどなくして「予科」というコースを新設した。そのときの塾長が予科にやってきて、「塾では国語と算数をやるけど、それ以外にやりたいことあったら塾の教室を使って勉強してもいいよ」と言った。今思えば、自習室として使っていいよ、というメッセージなのだが、小学生のわたしは、たぶん完全に誤解した。「好きな勉強をしていいんだね、塾で。」時は昭和60年に差し掛かる頃。

「言われたことを言われたようにやる」ことに、何の魅力も感じないタイプだった小学生のわたしは、もう目をキラキラさせるばかりだった。好きなことをやってもいい場所が保証されている、というだけで、何の魅力も感じない塾の国語と算数も「さっさと片づけて、楽しいことをやる時間を作ろう」との思いから、すごい集中力で学習した。予科とはいえ、中学受験対応が母体なため、けっこうな量の課題が出ていたと記憶しているのだが、その課題に向かいながら、あれこれ何をやろうかと妄想していたので、途中からはまったく苦であった記憶がない。

もしかしたら、だけど、塾長さんが本当に、「好きなこと学べ」と思って予科に声をかけてくれたんだったとしたら、学びの本質がわかった人だったのかもしれない。今で言う「探究」の走りみたいな。ただし、今、その塾はもうないから、経営はうまくいかなかったのかも。でも、受験一辺倒じゃない教育を小学生に授けたかった人だったのかもしれない。

そして、ほどなくして、私は学びたいテーマと仲間を得た。テーマは「火起こし」だった。違う小学校に通う何人か、つまり塾でしか顔を合わせないメンバーで、「火起こしについて調べて、実際に火を起こしたい」と塾長に申し出た。

塾長はたいそう面白がってくれた。「火起こし研究会」の発足だ。


火起こし研究会の活動

その頃はインターネットなんてなかったので、みんなで塾のない日に集まって図書館に行き、文献を集めて、自分たちでできる火起こしのやり方を調べまくった。塾がない日にも教室を開放してくれて、実験のために屋外のスペースも用意してくれた。

最寄駅は東西線で、竹橋の科学技術館にも出かけたこともある。スタッフの方に「火起こし研究会」として活動していることを伝えたら、いろいろ教えてくれた。

ただし、本当に小学生が小学生の力だけで運営していたので、いろいろ全くうまくいかなかった。


火起こし研究会で学んだことは

いま、自分が、「火起こしを研究したい」という小学生に出会ったら、どんな風に関わるかなあ、と考えてみたりもする。

小学生だった私たちが学んだこと。それは「火起こし」の技術ではないのだ。「火起こし」のことを研究しながら、「どうやって研究を進めるか」ということを、稚拙ながらにも学んでいたのだと思う。そしてそれこそが、学びの本質なんじゃないかなあ、と。知識を得ること、だけが目的ではないのだ。

言われたことを言われたようにやることが大嫌いな子どもには

学びの主体って子どものはずだ。だから、言われたことをやることが苦手な子どもには、その子が学びの主体になるように、大人が子どものために、教育と称してやていることを、渡してあげてしまえばいい。

この予科みたいに。

つまり、「何を学ぶか」とか「テーマを決める」とか、「どうやって研究を進めるか」ということを、丸投げしちゃえばよいのだと思う。

授業準備のために先生が割いている時間って、実は子どもの学びを奪っているのかもしれないよ。筋道たてて、学びやすくするのは、知識を効率よく得ることに効くかもしれないけど、その筋道を立てること、は本当は学習者がやるべき学びなんじゃないかな。

なので、言われたことを言われたようにやることが大嫌いな子どもには、信頼して任せる、がいちばんなんじゃないかなーと。そんな子どもだったわたしは思います。

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