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2019/5/30 42歳になりました

40までの誕生日はどこか年をとることにあせるか怯えるかしていたように思う。40の誕生日も「もう若くはない」ということを受け入れた清々しさはありながら、まだ「若さ」に未練があり、41の誕生日は慣れない育児がスタートしたばかりで誕生日をゆっくり祝う気持ちではなく。(と言いながらも美味しいものは食べた。表参道のLATURE、美味しかった!)

それが今年はどうだ。育児は落ち着き(というと語弊があるけど、去年の今頃と比べると飛躍的に。子が割と丈夫なのと、保育園&彼&キッズラインに諸々お世話になってるおかげ)仕事も好きなようにやり(複業も数社ほど!ご縁に感謝!)、書く仕事も時々いただき、そのほか飲みに行ったりオーケストラに混ぜてもらったり。
強いて何かが不足していると言うならそれは「時間」で、ただこれは夢中になって取り組むことができるといつもそうだから、今にはじまったことじゃない。
そう、だからもしかしたら今日が生まれて初めての、何もかもが満ち足りた誕生日。

10代の後半から最近にいたるまで、私モノカキになりたくて、それは今思うと何者かになりたいのになれない焦燥感。そこから自由になれたキッカケは「コルクラボ」という場所で、そこから思いがけない妊娠、二度としないはずだった結婚、無縁だと一度は背を向けた子を育てながらの人生へと目まぐるしく状況が変わりながら、だけど少しづつ、何者かでありたいという思いが昇華されていった。
書く、ということについては、こうやってnoteに時折言葉を残すことで、いつか書きたいように書ける力が自分についてくるような、そんな気がしている。

何者かでありたい、という思いの正体。それは私の場合、自分に対する歯痒さだった。

コルクラボに入る前、自分はチャンスをうまく活かしきれず、人との縁にも恵まれていないのではという思いがあった。だから活躍している人を見かけると、なぜそれが自分じゃないのだろうと悔しかった。

ところがコルクラボの半年の期間を経て気づいたことは、自分の実力が圧倒的に足りていないということ。そこから頭が切り替わった。世の中で活躍している人の中には確かに運や人の縁で名声を得ているような人もいるのだろうけれど、それはそれ。ちゃんと書けるようになりたい。そう思ってから、なんだかすごく自由になって、心がざわつくことがぐんと減った。

この世の中は理不尽なことも不公平なこともたくさんある。ただそれでも生きている、てすごくいいなあと思うのは、やればやった分だけ「何か」が残ることだ。その「何か」は、もしかしたらわかりやすい「結果」ではなく、望んだような「結果」でもないかも知れないけれど、それでもやった分だけ、「何か」は残る。42歳になった私は、それが何よりの生きている意味なんじゃないか、そんなことを思っている。

つい数週間ほど前のことなのだけど、複業先の人とチームビルディングの一環で人生の棚卸しをして、そしてライフスタイルデザインキャンプというオンラインサロンの四角大輔さんの言葉を受けて、改めて今の自分のことを考える機会があった。

そこで気づいたのは、人間関係や出会ったコンテンツも何もかも、もう十分足りているんじゃないかということ。だからこれからしばらくの間、もしかしたらこの先ずっと、今まで出会った人やモノとの縁を深めることだけを大切にして生きていきたいなあと思っている。

そんな今の気分にぴったりの詩があるので最後に。

「夢見たものは・・・」立原道造

夢見たものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある 
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが 
着かざつて 唄をうたつてゐる
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊りををどつてゐる

告げて うたつてゐるのは 
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたつてゐる

夢見たものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と

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