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76.困難をよじのぼる

 この連載のテーマのひとつが移動である。それがこのコロナ禍にあって移動を制限されている。じっとしているのも悪くはないが、どこかへ行きたいとうずうずするのは性分だろう。
  ドイツのメルケル首相は、東ドイツ出身だけに、ベルリンの壁の崩壊でようやく勝ち取った「移動の自由」を、あえて政府が制限しなくてはならない苦悩を国民に寄り添う声で訴えていた。
 ぼくは1988年に、世界史の変貌をこの目でみたくて、ドイツに渡航したことを思い出した。Sバーンという地下鉄に乗り、西ベルリンから東ベルリンに入るには、特別なビザが必要だった。パスポートにはその時のスタンプが押してある。 東ベルリンのホテルを予約し、社会主義的な趣の部屋で夜が明けた。
 ぼくを迎えに当時ドイツのマンハイム在住の坂出雅海が、ホテルまでクルマで迎えに来てくれた。
「大変だ」「何?」「東にビザなしで入れた。西側に戻れるのか」「何があったんだろう」
 普段から現地のニュースに親しんでいれば、こんなパニックにはならなかっただろう。東から西への移動は銃殺という情報だけがインプットされていた。
 この日、外国人用の出入国ゲートであるチェックポイントチャーリーが取り壊される日であった。ぼくらは期せずして、東ベルリン最後のビザで入国していたのである。その日の新聞には、チェックポイントチャーリーが設置された時の写真が載っていた。
「チェックポイントチャーリーに行ってみよう」
 クルマに乗り込んで、現地に向かった。多くの人が解体に喜び、東と西のボーダーを何回も行き来していた。ベルリンの壁をハンマーで壊したように、何人かが、その敷石を剥がしている。ぼくもそれに加わった。
 先日、アメリカ議会襲撃事件後のバイデン大統領就任式で、若い詩人が朗読をした。最高だった。詩人が就任式で表現できる伝統よ!
 前大統領トランプ政権の4年で、世界が分断され、憎悪が助長されたのは否めない。差別主義者が世界中で、偉そうな顔になってしまった。よもや日本にもトランプ支持者なるもの(文芸評論家のM、音楽家のKなどの知りあい含む)がいることも驚きだった。
 若い詩人アマンダ・ゴーマンの詩のタイトルは、「わたしたちが登る丘」だった。それは分断を想えば、丘ではなく、壁。まるでベルリンの壁のような「断崖絶壁をよじのぼる」というイメージであろう。

私たちが目指しているのは、意義ある一致を築くことだ。人間のあらゆる文化、肌の色、人格、状況に尽くす国を組み立てるために。だから私たちは目を上げる──私たちのあいだに立ちはだかるものではなく、私たちの前に立ちはだかるものに。私たちはその分断を終わらせる。

かつてアマンダ・ゴーマンは、発話障害があったという。彼女は文学でそれを克服し、堂々とわれわれの前に現れた。


P.S. しかしバイデン(戦争屋)どうよ。

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