72.リスボンから雅なる

前号で、大垣のIAMASを舞台に、フランスやオーストラリアと回線をつなげて、音楽を共有するISDNコンサートをしたが、うまくいかなかったことを書いた。それは1996年のことである。24年も前のことだが、妙な興奮をしたものだ。世界を繋げることは、以前に較べて格段に容易になった。

 いまは、光回線や5Gという規格で、大規模なデータ通信が可能になった。コンサートの題名にもなったISDN(アイエスディーエヌ)という規格で、ようやく交換機・中継回線・加入者線まで全てデジタル化され、公衆交換電話網が開通したばかりだった。その開通を受けてのコンサートだったと思う。

 ところが、その時もそうだったのだが、一番大きな問題は、時差であった。オーストラリアのシドニーは、ほぼ同じとはいえ、フランスのナンシーは、マイナス8時間の時差がある。この生活時間の違いを乗り越えることはできない。どちらかが眠気と闘わなくてはならない。

 10月末に開催した熱海未来音楽祭では、「リスボンから雅なる」というタイトルで、ポルトガルのリスボンと光回線を介して、熱海とつなげての音楽セッションを企画した。出演は、ピーターエヴァンス(トランペット)、石川高(笙)、今西紅雪(箏)である。もともとは、ピーターエヴァンスを熱海に招聘しての演奏会の予定だったのだが、コロナ禍でピーターの来日が適わなくなった。

 そんなことで諦めるぼくではないので、コロナ禍で急速にリモートが進んだことを受けて、ポルトガルのリスボンでピーターに演奏してもらい、こちらで石川高と今西紅雪が、演奏する。熱海の公演場所は、 EOMO STOREというところで、デザイナーブランドEATABLE OF MANY ORDERSの店舗である。そんなに大きな会場ではないが、とてもモダンな作りで40人ほどの席を作ることが出来る。そこに60インチのモニターを設置した。このモニターは地元の伊豆急ケーブルが提供してくれて、設置も手伝ってくれた。

 本番前に、ピーターエヴァンスと実験をしておこうと、ZOOMという会議システムを使ってみた。使用してみると、音や声を出した時、他の音が聞えなくなるような設定であることがわかった。なるほど会議では誰かの発言をフォーカスしていけばいいのだろう。音楽はそうはいかない。相手の音も聴こえなくては合奏ができない。そこで単に双方向で使うことを前提に、FACETIMEというアップル社の通信を使うことにした。これだと音にリミッターがかかることがない。

 しかし問題が起こった。リスボンにいるはずのピーターが、ボストンに帰省していたのだ。時差は13時間になる。こちらは夕方の公演なので、ボストンは朝の3時か4時。そんな時、トランペットを家で吹いて大丈夫なのだろうか。

 本番当日、いくら呼んでもピーターが出ない。どうやら目覚ましが故障していたようだ。


巻上公一

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