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Vol.14【夢工場ドキドキパニックの無念を慮る話】

高度経済成長からバブル期にかけての日本の成長は世界にも類を見ないものがあった。日本人の技術力・開発力は日進月歩絶え間なく向上し続け、太陽にほえろ!の最終盤では石原良純演じる【マイコン】なんてメカニックな刑事も登場するほどだ。

それはゲームの世界でも同じ事が言える。wikipediaによると日本初の家庭用ゲーム機はエポック社より1975年に発売された【テレビテニス】を皮切りに、1983年にファミリーコンピュータが発売されるまでは何処が覇権を奪るか分からない群雄割拠状態だった。国内外問わず切磋琢磨する業界は御多分に漏れず成長分野として目覚ましい発展を遂げる。

ファミコンが天下を取ってからも任天堂はその地位に安穏とせず、進化を求め続けた。その結果、当時で単価が約4980円相当だったROMカセットから、安価なクイックディスク媒体にゲームデータを書き込み、内容を書き換えて新しいゲームを供給可能にする手段を開発した。それが1986年に発売された【ディスクシステム】である。ファミコン登場から3年が経過したに過ぎない期間だった。


wikipediaより。

このクイックディスク、当時としては画期的な【セーブ機能】を搭載することが出来たのは大きい(やがてすぐにROMでも可能になる)が、一つ問題点があるとすればセーブデータどころかゲームそのものが消える可能性があった(磁気の関係)。これが後々任天堂が90年代後半に、対応ソフトをCDに移行せずROMに拘り続けた要因の一つと言えるかも知れない。
そのせいか、ディスクシステムに積極的にタイトルを発表していたのは任天堂以外にはコナミ位しか思い当たらない。そしてその頃発売されたタイトルは、ドラキュラやバイオミラクルぼくってウパなど、現在も名作として歴史に名を遺す大物もいた。

そんなディスクシステムだが、個人的にはROMにはない魅力があった。
まずは問題点とされる【W A I T】だ。
ローディングの長さを欠点とする人は多いが、幼少の私にはその待ち時間がドキドキを増幅させてくれる素敵な機能に思えていた。A面をセットした後B面をセットし直す作業も、それまでのROMにはなかった新しいシステムに興奮を覚えた。
また、ディスクカードをセットしていない状態でのマリオとルイージの追いかけっこを眺めるのも好きだった。これを見続けたらどうなるんだろうかと、2時間近く延々とマリオとルイージの動きだけを見続けたこともあった。


当時はなんとなく見続けられた。今なら2時間見続けたら発狂すると思う。

ディスクシステムにおける私の一番のお気に入りであり、かなりやりこんだタイトルなのが【夢工場ドキドキパニック】だった。


私の中ではロックマン以上の名作。35年以上もの間続編を熱望している。
最近入手した攻略本。当時はこんなもの買ってもらえなかった。

お気に入りのキャラは【ママ】だった。一般的には扱いにくいと言われているが、彼女の跳躍力には何度も救われた。ショートカットに持って来いのキャラであり、ワープを駆使すればママであれば15分程度でクリアできるようになった。

こんなに熱中出来たアクションゲームは指折り数えるほどだ。小学校低学年でもやりこめばクリアできる程度の難易度(使用キャラでも難易度が違う)だし、当時のテレビで本作主人公のイマジン君が、マリオとがっちり握手しているのを見て子供心に胸が弾んだ。後で知ったことだが実際この作品はマリオの開発チームが参加していたようなので、そのアクションの素晴らしさにも納得がいく。

私のディスクシステムのベルトが擦り切れるまでプレイしたこのタイトル。
続編への期待も高まったのだが、その一少年の夢をぶち壊してくれたのがこいつだ。


イマジンとリーナとママとパパを返せよ!

なんて骨体。そんなバナナ。乗っ取られちまってるじゃないか。

このタイトルの発売を知った時の私は、初めて【大人の事情】というものを体験したかもしれない。マリオとがっちり手を組んでいたイマジンを追い払い、しっかりと我が物顔で縦横無尽に画面内を駆け回るマリオ軍団。しかも敵キャラは据え置きという謎。

それもそのはずこの【夢工場ドキドキパニック】というタイトルは、フジテレビとのタイアップ扱いだったからだ。当時フジテレビは【1億人の夢列島】というお祭りイベントをやっており(今でいう夏のお台場で開催されるやつ)バンドやアイドルなどもこの【夢工場】を冠したグループが存在していた。そのイベントのイメージキャラクターがイマジン達だったという訳だ。

河田町を捨てお台場に行ってしまったフジテレビに、このキャラたちを復活させる事などまず叶わない。それならゲームシステム自体は任天堂が権利を持っているわけだし・・・という事なのだろう。これもまたバブルの徒花か。

ちなみにこのマリオUSAが国内で発売された当初、学校でドキドキパニックの経験者が皆無だったせいか、友人達からクリアできない面を助けてくれとひっぱりだこになり、一時期野郎連中からモテモテだった時期がある。これもまた芸は身を助けるという事かしらん。

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