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014ミニショベルカーを操作する

こんにちは。

先日、1月に亡くなった祖父の四十九日のため帰省しました。ここ最近、帰省が重なっており、財布が悲鳴を上げています。。。今回、実家に帰省した際に、少し珍しい体験をしましたので、そのお話を少しだけさせていただければと思います。

私の実家は兼業農家なのですが、最近ミニショベルカーを購入したそうでして、私有地で少しだけ操縦させていただきました。

ショベルカーは、主に左右2つのレバーで操作します。根本からアーム、ブーム、バケットの三か所を連携しながら操作して土を掘削します。見た目では、非常に簡単そうなのですが、自分で操作してみると3つの連携が全くできず、土は掘れませんし、やっと掘れたと思っても、バケットを水平に維持できず、土をこぼしてばかりでした。

普段、パソコンを使った事務仕事ばかりなので、非常に珍しく面白い経験になりました。今まで、何気なく工事現場や道路で作業している姿を見ていましたが、操作には非常に繊細な技術が必要なことを実感し、縁の下の力持ちである現場の方々に、私達の日常生活は支えられているのだなと感謝しました。

さて、重機の操作をしてみて、気づいたことがありました。それは、以前読んだ養老孟司さんの「死の壁」の一節です。そこには、「よく考えてみれば、蠅でも蚊でも飛ぶのです。それも思った通りのところに着陸する。計算通りにしか飛ばないロケットとどちらが凄いのか。」とありました。

言われてみれば、ショベルカーのアームを動かすことに夢中になっていましたが、それを動かしている私の手は、特に意識することなく、より繊細な動きをしていました。目で地面を認識し、電気信号になり、脳で処理され、電気信号を出力し、筋肉を動かして、肩を、腕を、手を、指先を連携させて、バランスよく動かして、操作しているのです。勿論、その間、心臓は動き、血液は循環し、呼吸までしているのです。確かに機械も凄いものではありますが、生き物は奇跡的で不思議なことばかりです。

それは、人間だけでなく、それこそ蠅だって、蚊だって、芋虫だって、みんな同じです。それが網目のように複雑に絡み合って、地球を形成しています。まずは、この不可思議な人身を受けていることを感謝して、あらゆる命を大切にしていかなくてはいけないなぁと改めて感じました。

私自身、思い返してみると飲み会では食べ物を残したり、新しい時計が欲しかったり、刹那的で表面的なものばかりに、目がいってしまいます。不可思議な命をいただいてここにおり、そして不可思議な他の命を奪いながら生きている罪深い存在であることを自覚して生きていきたいものです。

合掌。南無阿弥陀仏。

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