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民法改正法案を読み解く①

はじめに

 現在、会期中の第213回通常国会で離婚後の共同親権などを含む民法改正案が提出されました。今回の法改正がなされれば、戦後すぐに改正された民法の『離婚後の絶対的単独親権制度』が改められ、ようやく日本にも『離婚後の共同親権』が認められるようになります。
 ただ、法制審議会の要綱案や報道などから推測した内容や改正法案の条文の一部だけを切り取って、法案への誤解や法案に対する不安が生じているように見えます。本記事は、そうした誤解や不安を取り除き、さらに国会審議を通じてさらに完成度の高い共同親権法制が導入されることを願って書いたものです。
 改正のポイントとしては、
① 親権の内容
② 共同親権
③ 共同養育
④ 養育費関連
⑤ 養子縁組
⑥ 祖父母等(父母以外の親族)と子との交流
⑦ 婚外子の共同親権

と多岐にわたっています。本記事ではこのうち①と②を取り上げます。できるだけ、法律に詳しくない人でも分かるように易しく書いたつもりです。
※ 国会に提出された法案や新旧対照表などはこちらをご参照ください。
※ 記事中に現行法を引用する場合は《》で括り、改正法案を引用する場合は【】で括りました。

1.親権の規定の変更

 まず、今回の改正で重要なポイントは「親権」の内容が子どもの権利を中心に規定が改められた点です。
 現行法では、親権の内容として
《第818条 成年に達しない子は、父母の親権に服する。》
としつつ、
《第820条 親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。》
と定めていました。また、第821条以下で親権の具体的内容として、①居所指定権、②懲戒権、③職業許可権、④財産管理権が定められています。(詳しくは次章以下で説明します。)
 一方、改正法案では親権の内容としては以下の定めとなります。
(1) 民法「第3章 親子」の章に新しく「第3節 親の責務等」が加わります
【第817条の12 父母は子の心身の健全な発達を図るため、その子の人格を尊重するとともに、その子の年齢及び発達の程度に配慮してその子を養育しなければならず、かつ、その子が自己と同程度の生活を維持することができるよう扶養しなければならない。
2 父母は、婚姻関係の有無にかかわらず、子に関する権利の行使又は義務の履行に関し、その子の利益のため互いに人格を尊重し協力しなければならない。】
 この規定そのものは、親権の内容を定めたものではなく、「親子」という関係から親に生じる責務について規定したものです。しかし、この規定が加わったことにより、新法の親権の解釈にも重大な影響を及ぼすと考えられます。1項の前段は①子の人格尊重義務②親の子に対する生活保持義務を、2項は③父母相互の人格尊重・協力義務を定めたものです。
 私は、この規定は日本国憲法13条の幸福追求権及び憲法24条2項の家族生活における個人の尊厳を具体化させたものと考えています。
 そして、親権に関する規定として、まず目に付くのは
【第818条 親権は、成年に達しない子について、その子の利益のために行使しなければならない。】
とされて、『子が親の親権に服する』という表現が改められました。これは、「親権」が子どもを支配する権利などではなく、前述した親の責務を果たすために行使されなければならないことを明らかにした規定です。
 問題は、「子の利益」という抽象的な文言での規定にとどまっているため、裁判所が従来の運用を大きくは変えずに単独親権を基本としたような法の解釈や運用を行うのではないか、という点です。詳しくは、次章で述べますが、今回の法改正の趣旨や民法の上位規範(より高次にある法)である日本国憲法児童の権利に関する条約(以下、「子どもの権利条約」と言います)に照らせば、そのようなおそれはけっして大きくはなく、むしろ共同親権を原則とした解釈や運用に改めると考えています。

2.共同親権

 さて、ここから本題の共同親権です。
 まず、現行民法の条文を見てみましょう。
第819条 ①父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない
② 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。》
 条文上、離婚する場合には必ず父母の一方のみを親権者とすることが要求されています。共同親権に反対する人の中には『現行法でも共同親権にできる』という人がいますが、全くのデタラメです。
 それでは、改正法案ではどのように変わるのでしょうか。
【第819条 ①父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その双方又は一方を親権者と定める
② 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定める。】
 戦後初めて、離婚後の絶対的単独親権制度に終止符を打ち、明文で「離婚後の共同親権」を認めました。私は、これは画期的なことと評価します。
 ただ、この改正条文をめぐっては、『原則共同親権ではない』という批判がなされています。私も、この改正法案では原則共同親権とは言えないと考えます
 それは、第一に協議離婚の場合、父母が合意すればその一方の単独親権にできてしまうからです(①項)。前述した改正法案第817条の12では「父母は子の心身の健全な発達を図る」ために父母の共同親権があるという法の趣旨や目的に照らして、明らかに後退した規定になっていると思います。協議離婚であっさりと親権をあきらめ、非親権者となってしまう親はもともと子どもに対する愛情や関心が薄いということは言えるかもしれません。そのような人は、今回の法改正で子どもに関してはほぼ無権利だが、養育費の支払い義務は重く課されるということになります。『子どもに対する愛情や関心を持て』と法律で強制することはできませんが、現実の子の養育や交流を通じて子への愛情を育む方向、具体的には原則共同親権・原則共同養育にまでは達していないことには注意が必要だと思います。
 次に、裁判離婚の場合はどうでしょうか。改正法案第819条②項は「裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定める。」とだけ規定していますが、さらに具体的に共同親権か単独親権下の判断の基準を別の条文で定めています。それは、
【第819条 ⑦裁判所は、第二項又は前二項の裁判において、父母の双方を親権者と定めるかその一方を親権者と定めるかを判断するに当たっては子の利益のため、父母と子の関係、父と母との関係その他一切の事情を考慮しなければならない。この場合において、次の各号のいずれかに該当するときその他の父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるときは、父母の一方を親権者と定めなければならない。
一 父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるとき
二 父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動(次項において「暴力等」という。)を受けるおそれの有無、第一項、第三項又は第四項の協議が調わない理由その他の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき。】
というものです。
 私は、この民法改正案は共同親権を導入し、推し進めていく上で極めて重要な者であり、今国会での成立を願っていますが、この条文にはかなり大きな問題と危険性が含まれていると考えています。条文の太字にした部分を順番に解説していきます。
⒈ 共同親権が原則なのか、単独親権が原則なのかが示されていない。
 
これ以下で、単独親権とすべき場合が定められているので、これらの事情がなければ共同親権とすべきと解釈することも十分に可能ですが、以下に述べるように単独親権とすべき場合の限定が不十分なため、裁判官はほぼフリーハンドで共同親権とするか単独親権とするかの判断を下せることになりかねません。特に、これまでの裁判所の『母親優先』の不文律(あるいは、多くの裁判官が「子どもには母親が必要」というジェンダーバイアスにとらわれていること)を考え合わせると、不十分な規定であると言わざるを得ないでしょう。
⒉ 「子の利益」の具体的内容が不明確。
 次に、「子の利益のため」という文言が置かれ、一応、子の利益を最優先で考慮すべき体裁はとられています。しかし、肝心の「子の利益」の具体的内容が不明確であるため、いかようにも解釈できるという問題があります。
 私は、この問題を考えるときの「子の利益」の基本は、子どもの権利条約に求めるべきと思います。すなわち、同条約の第7条1項「児童は、…(中略)…できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。」第9条1項「締約国は、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。」を改正民法の中に条文上も明確に定めることが望ましいと考えます。
⒊ 「父母と子の関係、父と母との関係その他一切の事情」
 父母と子の関係を考慮すべきは当然のことだと思いますが、法案では「父と母との関係」を並列的に挙げています。私は、「父と母との関係」をこの条文に盛り込むのは不要であるだけでなく、不適切だと考えます。なぜなら、裁判で離婚をする、あるいは親権者の定めをしてもらうという父母は、お互いに高葛藤の状態にあることが通常だと考えられるからです。おそらく、そのような高葛藤の状態にある父母に共同親権を持たせると子の利益を害する可能性が高いというふうに立案者は考えたのでしょう。しかし、高葛藤でも共同親権の行使に関して事前にルールを定めておくことで子の不利益を回避することは可能です。そのため、多くの共同親権先進国では子の養育に関する基本的ルール(共同養育計画)を定めることを離婚する父母に課しています。今回の法改正案では、共同養育計画の策定の義務化は見送られましたが、高葛藤が原因で共同親権の行使が難しいときは、裁判所がイニシアチブをとって、共同養育計画の策定を父母に促すような運用は可能だし、それが求められる姿だと思います。「父と母との関係」という文言があることによって、裁判所がそのようなめんどくさい運用から逃げて、安易に単独親権を選択するようになるのではないかという懸念は払拭できません。
⒋ 「子の利益を害すると認められるとき」の各号について
 
まず、「子の利益を害すると認められるとき」は単独親権とすべきことには異議はありません。しかし、その規定の仕方には問題があると思います。
 すでに、民法は親権の喪失及び停止についての規定を設けています。
《第834条 父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。
第834条の2 父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権停止の審判をすることができる。
 家庭裁判所は、親権停止の審判をするときは、その原因が消滅するまでに要すると見込まれる期間、子の心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して、二年を超えない範囲内で、親権を停止する期間を定める。》
 この条文と比較して、離婚の際に単独親権とする基準はどうでしょうか。再度、掲げると
【二 父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動(次項において「暴力等」という。)を受けるおそれの有無、第一項、第三項又は第四項の協議が調わない理由その他の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき。】
となっています。明らかに、親権喪失や停止の場合よりも広くなっています。なぜ、離婚しない場合の親権喪失や親権停止の要件よりも、離婚する場合の親権喪失(単独親権者になれなかった親にとっては親権喪失と同じ効果を持ちます)の方が広くなるのか、理解できません。法体系としての整合性もないと言えると思います。
 本来は、834条の要件と同一であるべきです。せめて、「父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動(次項において「暴力等」という。)を受ける著しいおそれの有無」のように「著しい」という文言を付け加えるべきと考えます。

3.小括
 
819条7項には、まだまだ問題点が多いと思います。しかし、私は原案どおりの法改正がなされたとしても現行法よりはずっとましになると考えています。それは、現行法では共同親権は絶対に認めておらず、共同養育はおろか、面会交流の実施すらも単独親権者のお気持ちしだい、それを追認するような家裁の実務に風穴をあける原動力になりうるからです。今まで徒手空拳で戦わざるをえなかったのが(本当は日本国憲法や子どもの権利条約という強力な武器があるのですが、裁判官には発泡スチロールで作られた剣よりも効き目がありません)、民法の条文という具体的な武器を手にして戦うことができるようになるからです。たとえて言うなら、現行法は「腐りきったリンゴ」、改正法案は「傷みがあるリンゴ」です。『完全なリンゴが欲しい』というのは当然の気持ちですが、どちらかを選ぶしかないのであれば普通の人は後者を選ぶのではないでしょうか。
 今後の国会での議論を通じて、より良い共同親権の制度を作っていくと同時に、法が成立施工された後に、裁判所の恣意的な運用を許さないような取り組みが引き続き大切だと思っています。
                             (続く)
 
2024.3.14 初稿
(今後の検討により、改定する場合があることをあらかじめお断り申し上げます。)

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