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『理不尽な進化 理不尽と運のあいだ 増補新版』吉川浩満 動画「名著を読み解く」#7

ゲンロンが発行するメルマガ「ゲンロンβ」での書評連載や、書評系YouTubeチャンネル「哲学の劇場」を山本貴光とともに主宰する吉川浩満の注目の著作『理不尽な進化』がちくま文庫に入った。

面白そうなので、動画でも取り上げさせていただいた。

本書は「絶滅」という観点から生物学を捉えた考察である。人文系の学問を中心とした、思想史的なアプローチからの考察で、言及されている領域は極めて広い。注釈が大変充実しており、ここを読むだけでも作者の博覧狂乱ぶりが伺えて、大変面白い内容になっている。

さて、生物学における絶滅の筆頭に上がるのが恐竜であり、進化論と言えばダーウィンである。当然、恐竜やダーウィンにも言及されるが、そもそも地球上に現れた生物の99.9%は絶滅してきたという事実がある。

なぜ生物は絶滅するのか?
デイヴィッド・ラウプ博士によると、その原因は運が悪いせいであるというのだ。さらに、生物の能力を司る遺伝子もまた運によってもたらされる。これは理不尽以外の何物でもない。生存と犠牲が選り分けられる理不尽さは、運と遺伝子の絡み合いによって名付けられるものだ。

だが、絶滅は悪いことだけではない。生物死では過去に5回に及ぶ大量絶滅、いわゆるビッグファイブが起こったとされる。人類の繁栄もまた、恐竜の絶滅がなければ起こりえなかったわけで、全ては生存の結果である。

生存する生物は、強者でも優れた者でもなく、適者であると理解される。これが実に厄介な「言葉のお守り」としての面倒くさい問題を含んでいる。される。「なぜなら、誰が生き延びるのか? それは最も適応した者だ。では、誰が最も適応しているのか?それは生き延びた者だ。……これで論理が循環しているではないか。……中略……つまりトートロジーではないのか。」

こう考えてしまうのは、自然淘汰のプロセスが「自らの足跡を消す」傾向を持つからだ。というのも、生物が自然淘汰して残った形質は、その競争相手となる他の形質がどのようなものであったか手がかりが完全に消失して、現在の集団の中には見いだすことができないからだ。そのため、自然淘汰で残った形質Aが適応の産物であるが,それ故に適応の過程で淘汰されていった他の形質を特定できない。そのため、現在の適応者もまた適者だったからだ、というトートロジーをいっそう強化するのだ。

適者生存のトートロジーを、言語の文法に導かれて「適者は生存する」とい(トートロジカルに正しい)疑似法則とみなし、こんどはそれを、自然淘汰の足跡消去に導かれて「生存したのは適者だった」という(トートロジカルに正しい)命題で確証するという操作である。つまり、トートロジカルにのにも正しい命題をあたかも法則のように扱い、こんどはその法則を、トートロジカルにのみ正しい命題によって確証するという知的マッチポンプである。

『理不尽な進化』p.141

本書ではさらに、ダーウィンとスペンサーの進化論の違いや、古生物学者スティーヴン・ジェイ・グールドとリチャード・ドーキンスの対立を追い、ドーキンスの勝利から、さらに深く深く突っ込んだ独自の思想を展開している。ヴォルテール『カンディード』の登場人物から名付けられたパングロス主義、ヴィトゲンシュタイン、トルストイ、ガダマー、アイザリア・バーリン、パウル・クレー、さらには科学技術コミュニケーションと、言及される分野と射程は実に幅広い。生物学の知識がなくても非常に面白く、進化論を手がかりにあらゆる学問の根底に迫ろうとする野心作である。ぜひ手に取って欲しい。

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