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【ヘルスケア】医療行動経済学(導入編):『がんが消えた』という新聞広告は鵜呑みにして良いのか?

今回の記事はこちらの書籍を基に書いています。

▶︎ 医療現場における行動経済学とは

行動経済学では,人間の意思決定には,合理的な意思決定から系統的に逸脱する傾向,すなわちバイアスが存在すると想定しています。

そのため,同じ情報であっても,その表現の仕方次第で私たちの意思決定が違ってくることが知られています

医療者が患者の意思決定のバイアスを知っていれば,患者により合理的な意思決定を促すことができるようになります。

また,医療者自身にも様々な意思決定におけるバイアスがあることを患者が知っていれば,そうしたバイアスから逃れて,できるだけ合理的な意思決定ができるようになるかもしれません。

ただし,人間の意思決定が合理的なものから乖離することがあることも事実です。

その場合に,本人の選択の自由を最大限確保した上で,より良い選択を促すような仕組みを提供することが望ましいという考え方リバタリアン・パターナリズム(Libertarian Paternalism)と言います。

また,医療現場におけるインフォームド・コンセントのように,医療者が患者に十分な情報さえ与えれば患者が最適な意思決定をするという前提を見直し,患者がより良い意思決定ができるように医療者が患者の意思決定を支援していくという考え方シェアード・ディシジョン・メーキング(Shared Dicision Making)と言います。

▶︎ 診療現場で陥りがちなバイアスの一例

次回以降の 5 回にわたって医療現場でも見られる行動経済学の枠組みを紹介していきますが,まずはその代表的なものを紹介させていただきます。

① サンクコスト・バイアス:『ここまでやってきたのだから続けたい』

例えば,これまで10年間つらいがん治療を続けてきた患者さんが,(副作用の発現状況などから)今の治療をやめることがその状況におけるより良い選択肢であるとわかりつつも,『10年間もつらい治療をして来たのに,それを中止すると,これまでの治療が無駄になる』という思いから治療をやめることができないこと『サンクコストの誤謬(ごびゅう)』と呼びます。

サンクコストとは,埋没した費用という意味で,過去に支払った費用や努力のうち戻ってこないもののことを言います。

このケースの場合,10年間の抗がん治療をしたという事実は,これからの治療法を選択する際に医学的には全く関係のない状況になっています。
しかし,ここまで治療して来たのだから途中で止めるのはもったいない,という感覚を患者さんが持っています。
過去の抗がん治療はすでにサンクコストになっていて,今考えるべきことは,これから先のことだけということを理解することです。

この状況において,サンクコストの誤謬に陥っていることを理解し,医師とともに不安感を整理する必要があります。

そして,冷静に判断できる家族とともに,治療における重要なこととして,今後の治療によるプラス面とマイナス面を理解し,抗がん治療を今後行うことで発生する恐れのあるコストを話し合う,つまり,過去のコストよりも将来の費用と便益で考える必要があります。

② 現状維持バイアス:『まだ大丈夫だからこのままでいい』

今の治療法では今後悪化するという兆候が現れ始めても,『まだ大丈夫』と今の治療を継続したいと思ってしまうこと現状維持バイアスと呼びます。

これは,現在の状況を変えることを損失とみなしてしまうことが原因の一つです。

このような場合には,今後悪化する兆候を含めた現在の状況や将来の治療選択肢を含めて,しっかりと吟味して冷静に判断する必要があります。

③ 現在バイアス :『今は決めたくない』

例えば,タバコは動脈硬化や慢性閉塞性肺疾患(COPD)の原因になり,肺がんや食道がん,口腔がんを始めとする種々のがんのリスクファクターであることが知られています。

健康面に加えて経済的な負担を考えても,長期的に考えれば止めたほうが良さそうなものですが,タバコを止められない方は多くいらっしゃいます。

このように,目の前の利益を優先してしまったり,今すべき決断を先延ばししてしまったりすること現在バイアスと言います。

※ 本書籍内で紹介されている例示とは内容を変えて記載しています。

④ 利用可能性ヒューリスティック:『がんが消えたという広告を優先してしまう』

例えば,家族に悪性腫瘍が見つかったときに,医学的根拠のある治療法よりもたまたま見かけた新聞広告やブログなどの『強力免疫力アップ剤○○○を飲んでがんが消えた』という体験談を強く信じてしまうケースがあります。

このように医学的根拠のある治療法よりも,身近で目立つ情報を優先して意思決定に用いてしまうことは,利用可能性ヒューリスティックによる意思決定であると考えられています。

患者さんの意思決定を尊重しつつも,正しい情報ではないもしくは根拠が不十分である可能性も含めて十分に吟味した上で意思決定がなされることが大切です。

本日はここまで。次回に続きます。

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